99 / 442
19
一難去って、また一難。
俺がさらに大変なのは、ここからだ。
オートロックの扉を開いた先、和洋折衷のスイートルームは、豪華絢爛でありながらも繊細な和テイストが織り混ぜられ、趣のある空間を作り上げていた。
ツインのベッドが並ぶ寝室には大きく切り取られた窓があり、美しい夕映えが室内を朱々と染め上げる。
もっと暗くなればイルミネーションが点灯され、遊園地の夜景を一望できるとのこと。
そして、クイーンサイズのベッドに座り込む園陵先輩の様子を見て。赤く染まった頬を見て。
またあの「病気」が始まったことを悟る。
「神宮様……本当に、うつくしい……」
確かに最上級美形だけどさあ……。
俺の存在に気づいてなさそうなので、コンコン、と壁をノックして帰りましたよの合図。
ぱっと勢いよく顔をあげた園陵先輩の頬は林檎のように赤く染まり、まさに恋する乙女という表現が相応しい。可愛い。でも。
「お、お帰りなさいませ、支倉様……お見苦しいところを……」
「いえ、それはいいんですけども……風紀委員長の傍に控えていて、何がどう事故を起こせば会長に好意が向くようになるんですかね……」
「御言葉ですが、支倉様こそ、神宮様と多くのお時間を共にしておられて何故あの美しさにお気づきになられないのか疑問です」
「いや……時間を共有し過ぎたせいとしか」
この先輩は、見てわかる通り……会長のことがスキだ。
ただ、本人曰く、恋愛感情とはまた別種の好意、とのことだ。妬心や欲望は伴わない「スキ」。厳密に言えば鑑賞相手で、理想の男性像。
平たく言えば、会長が憧れなんだと。
「わたくしの勝手な意見を押し付けるつもりはありません。しかし、どうか今一度、御覧になってくださいませ。支倉様もきっと神宮様が素敵な男性だとお気づきになられますよ?」
と、園陵先輩は会長に太鼓判を押されますが、あの人三秒以上目を合わせたら見惚れていると勘違いする人種だから慎んでお断りします。
こうして俺が園陵先輩を先に客室に通して会長との鉢合わせを避けさせたのだって、ひとつは対会長限定の赤面症を患う園陵先輩の為だけど、もうひとつは園陵先輩が会長の毒牙にかかる事態を阻止するためだ。
会長が風紀委員を……中でも立場が上の人間に手を出すとは思えないけれど、園陵先輩レベルのたおやか美人が相手なら間違いが起きたって……。
もしそうなれば会長まじ絶許、訴訟も辞さない。
「……今より距離を縮めようとは、考えていらっしゃらないのですか?」
「っいえ、いえ! 滅相も御座いません! あの美しい顔 と濡れ羽根のような黒髪から覗く碧水晶の瞳で見詰められたら素直にお喋り出来ません……!」
「日本語でお願いします! あ、いや日本語ですけど褒めるならもっと普通に褒めてあげてください!」
「この世の言葉では言い表せません!」
「すみません!」
確かに髪も目も色合いは間違ってはいねえが装飾過多でもはや俺が知ってる会長じゃない。
会長のこととなると饒舌になって取り乱す先輩の姿は可愛い、とても可愛いのだけれど、可愛いからこそ会長を大絶賛されるたびぐぬぬぬしてしまう。
やっぱり俺のようなひょろいのと比較すれば性格と性癖に多少難ありでも会長みたいな二枚目の方に軍配が上がるんだな……くやしいのう。
ちなみにリウから言わせたら「風紀副委員長は攻め」らしいがそんなことは絶対に信じません。信じませんからね。
ともだちにシェアしよう!