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 ホテル側のトップもコッチの内部事情には理解があるので厳重な箝口令を敷いていてくれている(無論相応の対価は支払っている)にしろ、本来なら、未来ある学園の生徒の醜態を外部の人間に曝すべきではないことに変わりはない。  日頃からもっと節度を弁えてほしい。これだからお坊っちゃま共は。 「そっちは何の用事でここに?」 「それは、ええと……、冷たい飲み物が欲しくて、つい、ふらりと」 「ふたつ持ってるってことは、副委員長の分?」 「まあ、はい」 「リオちゃんって牛乳好きだったっけ?」 「特別好きというわけでもないですけど……こういう文化が懐かしくなったので、つい」 「ああ、その気持ちはわかるなあ」  まさかそこで共感を得られるとは思っていなかった。  例によってマツリも日本が誇る外資系ブランドの最高責任者を代々受け継ぐぼんぼんの家系なのに、懐かしむ要素があったとは。「牛乳ごときで」ってリアクションが返ってくると思っていただけに言いづらかったのだが、そんな心配は無用だったらしい。  ちなみに俺がコーヒー牛乳に対し、園陵先輩に届ける方はフルーツ牛乳を選択した。透明な瓶の側面にここのマスコットキャラクターのイラストが描かれていて可愛らしいし、園陵先輩もきっと喜んでくれるはず。 「園陵先輩、こういうものを生で見たことがないらしくて」 「それでわざわざ? お優しいねえ」 「冷やかさないでください。私が勝手に買っただけですから」  嫌味とも取れる言い方に条件反射で片眉を上げる。  そういう『気遣いできる俺アピール』をしたつもりはないっての。  どこの世界にも金や力など己より格上の人間に媚び諂うタイプはいるが、しかし俺は園陵先輩のことが好きだから(親しい先輩という意味で)努めて優しく接しているだけであって、自分より立場が上の者に気に入られるための点数稼ぎと同一視されるのは心外だ。 「はは、冗談だって。ちゃんとわかってるよ。箱入りの副委員長さんからすれば物珍しいだろうしね」  クレープも牛乳瓶もはじめましてレベルの深窓の令嬢、いや令息ぶりだからなあ……。下手すると電車の乗り方も知らないような古典的世間離れタイプの人種なのかもしれない。  確か会長も、遊園施設は生まれてはじめて来たって言ってたっけ。  そうなると、学園で唯一生徒会会長様と"同格"に位置づけられる風紀委員長様はどうなんだろうか。  こう言っちゃ何だがあの人の性格的に、テーマパークみたいな騒がしいところは無縁そう。でも三年生は最後の新歓なんだし、やっぱり不参加なのは勿体ないような……。  昭明の光にほんのり照らされる瓶の側面をくるりと回す。  これも、施設でしか手に入らないモノだ。 「……。もしかすると、園陵先輩だけではなく会長や志紀本先輩も、こういったものは馴染みが──……」  ────あ。  その名前を口にしてはじめて「そういえば」が出てくるような、自分の思考の鈍さに驚いた。  手元の牛乳瓶からマツリへとすぐさま注意を向ける。口元に柔和な笑顔を浮かべた、いつものマツリがそこにはいた。  瞬きを挟む直前の、その眼の冷たさを見てさえいなければ。 「……どうかした? ぼおっとして」 「ぃ……え、大丈夫です。少しだけ、疲れが溜まってるだけなので」 「そう……じゃあ、引き留めちゃったね」  不自然に思われない言い訳を咄嗟に持ってきて誤魔化してみたが、マツリの表情の変化を目の当たりにしたことによる俺の狼狽に本人が気づいた様子はない。  もしかして。無自覚なのか、こいつ。  今、志紀本先輩の名前を出したことで、急激に変わった笑顔の質。表面的な、上部だけで取り繕った冷淡な『作り笑い』は。  

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