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やはり会長の時と同じく、マツリにとっても志紀本先輩の名前はほんの軽口でも気軽に流せる要素ではないらしい。
つうか俺も学習しろ。短時間で同じ失敗を二度繰り返すなんて。
いつも緩やかに笑っている人間がそうじゃなくなると、余計に気が詰まる。ここはもう適当に切り上げてフェードアウトしよう。
そう考えていたのに。
「マツ……、あ」
ちなみに、今マツリの名を呼びかけたのは俺じゃない。
マツリの後方からてくてくやってきた彼も、その格好からして温泉を出たばかりらしい。廊下の向こうから現れ、ピタリと立ち止まった浴衣姿の人物は。
「あ、呼人 。遅えよー」
「……ん」
「なーに突っ立ってんの。早くこっち来ーい」
「……あまり、叫ぶな」
ところどころツンツンと逆立った固そうな黒髪を持つ、寡黙そうな塩顔男子生徒がそこにいた。
確か、2-Aの玖珂 くんだったかな。タイプは真逆だがマツリとは仲が良いらしく、連れだって歩く姿を何度か見たことがある。
マツリに来い来いと手招きされて、気乗りしなさそうな様子でこちらに歩を進める玖珂くんの足はひどく重そうだった。
十中八九、面識がない俺が傍にいるからだ。
俺が意図して作り上げてきた「腹黒副会長」のパブリックイメージからして、気軽に世間話できる相手ではなさそうだと一般生徒 に思われていても仕方がないだろう。
俺達のすぐ傍でぴたりと歩みを止めた玖珂くんは、ちら、ちらとマツリと俺の顔を一回ずつ確認する。
身長はマツリと俺の中間くらいだろうか。
会長やタツキを見上げるときと比べればなんと首に優しいこと。
さて、ここは俺が退くべきだな。
あとは二人でごゆっくり。お前ら腐男子には気をつけて帰れよ。
「…………。邪魔、したか」
「え」
「……んなことないよー」
いやいや、邪魔はどう見ても俺ですよ。
なんだ玖珂くん実は謙虚なの。マツリの友達なのに控えめなのか。
それに対して片方の眉を下げて微かに笑うマツリの反応も、これまた珍しいなと思う。作り笑いと言うよりは、笑い損ねたような。
彼らのあいだに流れる何らかの共通認識。
これは本格的にお邪魔虫かもしれないなと、一歩退こうとしたそのとき。
「っ いいっ加減、しつッッこいんだよ……!!!」
付近の廊下からこの場にまで響いてきた大きな声。とてもとても聞き覚えのある声。
いや、まさか。
不覚にも同じホテルかどうか確認し忘れていたんだがいやまさかまさかいやいやいやいや。
「今のは、ルイちゃんの」
「……どこからでしょうか」
「近いね」
まーじかあああ。ここで。
あーーもーーめんっどくせえなあ。
なんかもう、面倒ごとの予感しかしねえ。
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