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 篠崎くんにはちょっと申し訳ない。  もっと早くこの事実を知っていれば……こっそり教えるのは特別扱いになるから立場上できないが、かける言葉をもう少し選べたのに。  だが、過ぎたことを考えても仕方がない。  まずはこの場からどう撤退するか、頭を巡らせる。  王道とは極力接触したくないし、佐々部さんとも俺は相性が悪い。どちらもあまり相手にしたくないカードだ。  王道はさることながら、佐々部さんはとにかく話が通じない。仕事のときは特にそう、いっっつも予算案や企画書の検討でぶつかっている。骨の髄まで体育会系の人間である佐々部さんはほんっと融通が効かなくて面倒で脳筋な単細胞で手を焼いているのだ(悪口ラッシュ)。  それでも、企画運営側として、問題は大きくなる前に消してしまいたい。一度目を伏せていつも通りの自分を手繰り寄せ、踏み込む一歩に力をいれる。  割り込んで、二人を部屋に返すだけだ。それだけでいい。それ以上のことはしなくていいから、早く事態を収束させよう。  その(かん)、こちらをひたりと見詰めていた視線には、気付かずに。 「───リオちゃんは行ったらだァめ」 「……は?」 「"ヌケガケ"、させてもらうから」  意を決して一歩踏み出した足が、その場に踏みとどまる。  前に進みかけた肩をやんわり後ろに押し戻され、制止の言葉があとを追う。  俺を見下ろすマツリが、んべ、と赤い舌を覗かせた。抜け駆け、なんて言いながら、挑発にしては悪意を感じない顔。  たった今、手の上に押し付けられたものをまじまじと見下ろす。  その隙にマツリは王道と佐々部さんのところへ向かってしまい、あたかも偶然を装って絡み始めた。突然の《黒薔薇》様の登場に野次馬のガヤが一層大きくなる。  今、俺が押し付けられたものは、マツリが持っていた使用済みのタオル。  意図としては、これを脱衣場の使用済みの棚へ置いてきて、ってことだろう。俺、すなわち王道を巡るライバルを王道から遠ざけるために。  ……"抜け駆け"、された。 「……この私を雑用扱い、ですか。まったく……」  ただ、温泉の脱衣場は王道達が今いる通路を通らずとも回り道すれば行き着くことができる。  要は、彼らに気付かれずにこの場から脱出できるし、騒動が終わるまでの時間を稼げるという利点があるわけで。俺としても、好都合な展開だった。  マツリは同学年相手にこんな我儘を普段するヤツではないんだが、今回は俺の認識上利害は一致しているし、謹んでパシられよう。  と、そこで。  俺をじいと見る、厳しい目。 「なんでしょうか、……玖珂くん?」 「……」  首を横に。  すなわち「なんでもない」、と。  ああ、そうかい。  それなら意味ありげにこっちを見ないで欲しいな、と思いつつも、食い下がらずに会話を打ち切る。  冷たい、とっつきにくい、と思われたなら別にそれで。  人を選んで喋るのが悪いとは言わないが、ならばこっちも下手に出る必要はない。会話をしようって気ができたならそのとき、こちらからもきちんと返すだけのこと。  スペースから抜け出し、渦中に飛び込んでいったマツリの背中をさりげなく流し見る。  楽しそうな後ろ姿。  それを確認し終えた俺は、今度こそ脇目も振らずにその場を離れたのだった。   「……鈍い」 (───或いは、)  

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