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 やや強引ではあったがなんとか説得に成功(?)し、俺があの赤髪ハゲに電話で嘘八百を並べたてて紘野の身柄を預かったことを伝えたあと、受付を済ませ、とうとう例の屋敷に入ることができた。  俺は……まあ、あれだ。今更隠すまでもない。率直に言うと、俺は霊的なものに対して総じてビビりだ。  女子供の「きゃあ☆」とかと同次元で考えないでほしい。男のビビりは、まじで、うぜえぞ。これ言われたの俺ね。 「なに、ここ……校舎?」 「にしては(せま)、」 「お前ら学園生のモノサシで考えんなよ……」  ────その屋敷のモチーフは、深夜の学校。そのアトラクションの名前は、『廃校に遺る怨嗟の声』。  敬語も作り笑いもログアウトだ。そんな余裕俺にはない。  地獄の入り口で構えるのは、靴箱の古びた木目が人の顔にも見えると定評のある(口コミチェック済)昇降口。  空っぽの靴箱がほとんどの中、黒いなにかがべっとりと付着した小さな上靴がいくつか……数えるな。数えるな。そうだ、素数を数えよう。 「服が伸びる」 「その分身長を伸ばせば解決すると思う……」 「ハァ……手、貸せ」 「あっ、は、はい。すみませんほんとすみません」  紘野のブラウスをしかと握りしめてひっつき虫と化していたところ、俺よりブラウスの方が大事らしい紘野が俺の手を振りほどき、代わりに左手を取られた。神かな。  この年にもなって男同士で手を繋いで歩くなんて、普段の俺なら、そして相手がこいつじゃなかったら断固反対だ。  しかし今の俺のメンタルは紙。箸が転がっただけでビビるお年頃。置いていかれたら生きてここを出られる気がしない小鹿足。  とるに足らないプライドや羞恥心は、今は捨ててしまおう。  だってそうしないと、マイペースで歩くこの元同室者は絶対俺を置いて行くんですもの。 「なあ、絶対に離すなよ。絶対にこの手を離すなよ。離したら絶交。あ、やっぱり絶交はやめてください」 「ならしっかり歩け。歩きづらい」 「ひ、引っ張ってって……」 「……めんどくせえなお前」 「うっごめん」  自覚はある。ものすごくある。  でも今だけは見捨てられると俺ほんとだめなんです。ただでさえ今も足がすくんでまともに歩けない。  寂れた昇降口を抜けて右に曲がると、廊下には不自然な上靴の跡があり、すぐに左に折れる。正面の鏡は決して見ないよう俯きながら、ぎう、と紘野の手を力いっぱい握った。  だいたいなんでこんなに暗いんだ。  この手の屋敷は真っ暗にしろとかそんな法律や条例はないのに何故どこの屋敷も暗闇にしたがる? これ視力悪い人とか危なくね?  いや、お化け役のグロい顔がハッキリ見えないからそれはそれで得なのか?  つーかなんで誰もいないのに遠くから廊下をパタパタ駆ける音が聴こえんの? いまの水音なに。体感温度下がった気がすんだけどこれ本家いんじゃね? ちゃんとお祓いしてる?  本当に大丈夫なのか?  これこのまま出られず死ぬんじゃないの? 俺死ぬの?  あれ、今、ヒタヒタ……って、足音が……。  すぐ後ろから……。 「ひ、ろの、今、うし……、わあっ!」 「(のろ)い」 「えっ呪い!!? はや、待っ、こける!」  のろのろ運航な俺に痺れをきらしたのか、急に手を引っ張られてこけそうになりながらも、なんとか必死についていく。  おかげで序盤で引き返すという選択肢が絶たれてしまった。  グイグイ引っ張っていくその無言の背中が却って怖い。取り憑かれたとかそういう展開はナシで!!  

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