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沈黙が場を支配して、およそ2秒弱。
「……、びっくりしたあ、リオちゃんか。驚かせないでよー」
それはこっちの台詞だ、と喉まで出かかったものの、その顔を見て口を噤む。へら、と効果音がつきそうないつもの笑みは、まるで先ほどの動揺がなかったかのよう。名前の呼び方も普段通りのそれに戻っている。
その変わりようは見てて感心するほど、ではあるが。
───左手の人差し指と中指の第二関節で親指の爪を軽く挟む、本人でも気付かない些細な癖。
そこまで心中穏やかでないことを悟る。
その癖を素直に教えてやることも、マツリが誤魔化したいらしいさっきの発言を蒸し返しすことも、今はしないが。
「熟睡していると思っていたので……驚かせたならすみません」
「いーよ全然。気にしてないから」
いやお前めちゃくちゃ過剰反応してたじゃねえかというツッコミは……しちゃだめかな。だめなんだろうな。
俺としてもこの気まずい空間をどうにかしたいので、さっさと用事にとりかかろう。
「……では、この書類は私が目を通しておきますので。あなたは休んで結構ですよ。私室で仮眠をとっていかれてはどうですか」
隈、できてますよ。
と、目元を覗き込むように顔を近づけたら、びっくりしたような表情でまた素早く身をひかれた。
えーっと……。まあ急に距離を詰められて驚いた、のかもしれないが、でもこれはちょっと、反応が過剰すぎやしないだろうか。
他の人ならまだしも、相手は天下の遊び人、チャラ男会計。お前どっちかといえばスキンシップ歓迎派じゃねえの?
良心からくる助言をそこまで拒絶されるほど、毛嫌いされてはいないと思うんだが。
「あ、……ごめんね」
「……いえ、こちらこそ」
それが表情にでていたのか、気付いたマツリが素直に謝るので、特に深く考えることもなかった。
じゃあお言葉に甘えて、と生徒会室の奥へ足を進めるマツリにお休みなさいと声をかけようとして、そこで考えなおす。
そういえば労いの言葉を直接伝えてなかったな、と。
「--お疲れ様でした。マツリ。ゆっくり休んで下さい」
振り向いたマツリが破顔した、その無邪気な顔が印象的だった。「給湯室にまだコーヒーの残りがあるから、飲んでいいよ」と、去り際までつくづく気がきいている。
いつもの、マツリだ。
さっきまで態度のおかしかったあいつは寝惚けていたんだ。そうに決まっている。
……────探られたくなければ、探るな。
掴まれた右手首を左手で擦る。
まだ熱が消えない。
まるで求められていると錯覚するような、痛いくらいの感覚がまだ消えない。
コーヒーの苦味と共に、芽生えた疑問を飲み下した。
足早に去るマツリの心中も、知らないまま。
* * *
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