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 本校の図書館は図書「館」と名のつくことからわかる通り、独立したひとつの建物として本館の傍に建てられている。  大きくわけて二階立ての図書館の内装は、イメージするなら大英図書館に近い。所蔵数も広さに比例しており、本棚だけに留まらず勉強スペースやAV室など、施設も充実している。  渡り廊下を抜け、エントランスを通ってすぐ構える閲覧室に入ると、まずは円形の外壁に沿って設けられた書架にぐるりと囲まれる。高いドームの天井から切り取られるのは燦々と降り注ぐ西日。ずらりと並ぶ書架のあいだにはモダンな色合いの照明がぽつぽつと灯っていた。  ここに来ると、まずは建造物の美しさに圧倒されてしまう。  中間考査前ということもあり、来館者はそこそこ多かった。  静かではあるが、擦れ違いざまちらりちらりと横目に見られて少々居心地が悪い。  本を借り次第さっさと帰ろう。  蔵書の検索システムで印刷した用紙を片手に、目的地にアタリをつけて進む。しかしその途中で、通路に設けられたデスクに腰掛ける綺麗な金髪に気づいてしまい、条件反射で体が固まる。  目が、合った。 「あ゛っ」 「その反応。随分と、ごアイサツだな」  副会長らしからぬ濁音混じりのリアクションを飲み込めず、取り繕うことまで頭が回らなかった。  欧州建築の内装にピタリと馴染むその人は、今の今まで読んでいた分厚い洋書をぱたむと閉じると、薄い唇に綺麗な弧を描かせる。  俺の天敵にして、……今、俺がそれはそれは大きな借りを作っている相手。  風紀委員長・志紀本先輩。  どうしたものか。さっそくだが、引き返したい。 「……何故、いらっしゃるんですか」 「俺がここにいたら悪いか?」 「そういうわけでは……」  ないけども。  でも、こんな考査直前のタイミングで図書館で勉強なんてする必要ないでしょうあなた。  満点ばかりを叩き出すどこぞの三年生約二名のうちの片方にさらに賢くなられても非常に困る。これ以上考査の難易度を引き上げないためにも手心を加えてほしいくらいなのだが。 「ちょうど飽いたところだ。支倉、」 「………なんでしょう」 「近くに寄れ」  人差し指の先でクイックイッと自分の方へ差し招くジェスチャーはまるで犬猫に接する仕草と同じで、若干反発心が芽生える。  しかし左右の本棚を挟んだ向こう側で聞き耳を立てている周りの生徒の存在に気づいている以上、逆いがたいのがこの学園生活で身に付いた習性。  デスクに近づき、数歩分の間を開けてぴたりと足を止める。  ついでに机上の本をちら見したがまったくもって訳せない。何語だろう。考査の勉強ではないことは確かだ。  本当にただ読書をしにここへ来たのだろうか。放課後はいつも仕事してるイメージなのに。 「委員長、お仕事は、」 「名前」 「……なんですか、委員長」 「支倉。なまえ」 「……、……し、きもと、センパイ」  プライベートだとすぐにボロが出そうなので当たり障りのない仕事のはなしに逃げようと思ったら、第一声から呼び方の訂正が入った。  違うだろ、と視線が俺を咎めている。  それに耐えられずすぐさま呼び方を改めた途端、正解だと言わんばかりに満足げな笑みが浮かべられた。早々にイニシアチブを握られた気がする。 「ええと……先輩が、風紀委員室以外の場所に放課後にいるなんて珍しいですね。お仕事は?」 「今日は特例だ。歓迎祭を欠席したせいか、役員総出でたまには休養するようにと言い渡された。……急にやることがなくなると、案外、暇の潰し方に困るな」 「ああ、なるほど」 「だから、座れ」 「え?」  もう一脚のスツールがデスクの下から出てきて、ここに座れと促される。  いや、でも待ってほしい。招かれた場所が先輩のすらりと長い両膝のあいだにちょうど収まるような位置取りに置かれた椅子の上となると、正直、抵抗がありすぎる。文字通り風紀委員長様のお膝元なんて、親衛隊その他にとっての紛うことなき特等席だろう。背後に注意しておかねば刺される。焼かれる。狙撃される。 「……あなたの暇潰しに私も付き合えと?」 「強制ではない。お前の好きにするといい」  ここ連日で様々な貸しを作り弱味を握った人間を相手に、そ知らぬ顔でそれを言うか。  上下関係は明らかに上の上の上なのに、下から静かに見上げる上目遣いが非常に調子を狂わされる。この人のことだから、多分、狙ってやっている。  断れる、わけがなかった。 「…………少し、だけなら」 「よくできました」  は、腹立つぅぅ……。  

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