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 紙を一旦胸ポケットにしまい、そろそろとスツールに手を伸ばした。  ダメ元で自分の方に寄せて少しでも物理的距離感を作ろうとしてみたものの、スツールの脚に先輩の足先がすでに引っ掛けられており、その試みは不発に終わる。  恐る恐るといった調子で、クッション素材のそこにちょこんと腰掛けた。  しかし到底向き合って会話ができる距離ではないので、こちら側に身体ごと向けている志紀本先輩に対し、俺は頑なに前方のデスクを睨み続けることにした。  長い両脚に前後を囲われ、片方の膝頭が触れ合う。左側から刺さる視線に、緊張を覚えないわけがない。 「先日の歓迎祭ではチトセが世話になったな。実に有意義な二日間だったと、喜んでいた」 「あ……それを言うなら私の方こそ、園陵先輩のおかげで良い思い出ができました。本当に、ほんとーーにありがとうございます」 「チトセに関することになると素直だよな、お前は」 「それなら先輩こそ、園陵先輩のことはいじめないしよく気にかけていらっしゃるじゃないですか」 「チトセはいも……弟みたいなものだし、気にはかけるだろう」  志紀本先輩と園陵先輩の関係はというと、かれこれ幼少期からの仲で、基本的にいつも一緒に行動している。  見た目が完全に美男美女だし別名のモチーフが『彦星』と『織り姫』なだけあって周囲からは恋仲だと誤解されがちだが、本人たち曰く、付き合ってないしそういう空気になったことも一度もないのだと言う。  志紀本先輩からすれば園陵先輩は妹のような存在(安定の性別迷子)らしく、可愛い妹を持つ身からすれば気にかける気持ちはとてもとてもとてもわかるとても。  ただ、関係を誤解している生徒たちに対しては訂正するどころか、お互い人避けのために噂を利用している節があるため、その実態を知っている生徒は彼らの身近な人間に限られる。  そのせいで俺は、特に去年、二人の親衛隊を名乗る生徒に「お二人の間に割り入るな」と牽制されたことが何度となくある。  知名度が高いというのも良し悪しだ。 「それに、いじめならお前にしかしてない」  ふわ、と左耳に何かが掠めて、反射的に背筋がピンッと伸びる。  ぎこちなく左側を見ると、いつの間にかこちらに伸びていた志紀本先輩の指先が俺の横髪を引っかけていた。その毛先が耳に触れたのだ。  先日の風紀委員室で受けた辱しめを思い出し、羞恥と反発心で顔が熱くなる。  頬杖をついたまま余裕然と微笑っている顔を、キッと睨みつけた。 「っ……そ、れはそれで、問題だと思いますけど」 「だが、俺にいじめられるのもそろそろ慣れてきただろう?」 「いじめてる側がしれっと言うことじゃないです。そもそも風紀の委員長が、こんなに人目がある場所で、」 「人目がない場所なら、」 「そうではなくて!」 「ほら、静かに。あんまり騒ぐと聞き耳を立てている生徒達に不審がられるぞ、副会長(・・・)?」 「っ、、く……ッ!!」  だ、誰のせいで騒ぐはめになっているのかと……!  しかしここで歯向かえば先輩の思うツボだ。声を荒げた方が敗け。冷静に冷静に。  

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