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 向かうは二階。  主に専門職の資料が収められた一角だ。  地図の上には検索した蔵書のタイトルが載っている。俺の今回の目的の資料は、『教師の在り方教本』。 「答えたくないなら聞き流してもらっていいが……お前、教師になりたいのか?」 「いえ、えっと……これには事情がありまして」  螺旋を描く大階段を登りながら、今回の課題を出した国語教師・藤戸氏のその特殊な課題内容を説明する。  ひとことでいうと、藤戸氏の課題はおよそ高校二年生に課すものとしては非常に相応しくない。  前回は『あなた流アイラブユー語訳~ツンデレ編~』、前々回は『初夜を生き抜くためのオリジナル千夜一夜物語』。ふざけてるとしか思えない課題内容に当初は目を疑い、しかし次第に慣れてしまった。  高い評価を貰った課題の傾向を分析し、今では内申の足しに利用させて貰っている。 「っ、……それで、教師の在り方を説いた専門書を、"読書感想文"の課題図書にしたわけか」 「図書館にある本ならなんでもいいと、他でもない本人がそう仰ってましたもの」 「ふ……なかなかインパクトはありそうだが、それで評価を落とさないのか?」 「藤戸先生の採点基準は斬新・個性・独創的の三点のみですから。今回もきっと文句無しの花丸でしょう」  何かツボだったのか、言葉の節々に笑いが混じる志紀本先輩に向けて自慢気に胸を張る。  藤戸氏の課題で満点を取った経験があるのは現在のところ俺のみらしい。誇っていいかは微妙だが、これなら志紀本先輩や会長にも勝てる自信がある。  そんな他愛もない雑談をしているうちに、目的の書架に辿り着く。  そこはひどく閑散としていた。ミーハー生徒の尾行の気配もなく、しんと静まり返っている。  しばらく歩き、ぴたりと止まったのは奥から二番目の列。洒落たランプが等間隔に並び、飴色の書架や勉強机を橙色に染める。 「ここの書架の中だ。……あの背表紙だな」 「あ、はい。……っと」  教職関係の参考書が整然と並べられた中に、目的の教本を発見する。  一番上の棚の真ん中あたりだ。少し背伸びをして腕を伸ばしたが、微妙に届かない。あと5センチもあれば届きそうなものだが。  後ろの書架に背を預けて静観している先輩に笑われそうなので、出掛かった悪態は我慢した。 「上手に頼めば取ってやるのに」 「結構、です」  平常心を心がけつつ、脚立はどこにあったかなと頭を巡らせながら腕を下ろそうとした寸前、その声は聴こえてきた。 「なあ、コマ! この本はどこに片付ければいいんだ!?」  ───今のは。  動揺のあまりガタンっ、と書架に腕をぶつけて、大きな音をたててしまう。  もしかして今の物音でこちらの存在がバレてしまったのではないかと、反射的に後退り、しようと、して。 「またあの一年か。───見つかったら、大変だな?」  とん、と背中を受け止められる。  耳元で愉しそうに囁かれた言葉が鼓膜を撫でて、どうしようもないほど肩が跳ね上がった。  

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