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「なに、……ッ、んっ、」
後ろから回ってきた大きな左手にくちをすっぽり塞がれ、抗議の声はその中に閉じ込められた。
目の前の書架に身体を押し付けられ、後ろから大きな影が覆い被さってくる。視界の端に、さらりとした金髪が降りてきた。
「──? なんか今、聴こえなかったか?」
「え、そうかな? ……あ、その本は、そこの棚の上から三番目だよ」
「あ、おう。任せろ!」
「ごめんねルイくん。委員の仕事手伝って貰っちゃって」
「いーんだよ! オレたち、友達だろ?」
息を潜める。
王道と、王道と一緒にいる生徒の声と足音が、徐々に近づいてきている。
どくん、どくん、と、全身が心臓にでもなったかのように、心音がやけにうるさい。
背中に密着する他者の体温、前後どちらにも逃げ場がない状況、浅くなる呼吸。
指先までじわじわと体温をあげていく自身の身体が、さらに鼓動の速さを意識させる。
身体をめいっぱい縮こまらせて、ぎゅ、と固く目を瞑った。
早くここから立ち去ってくれ。
そうしないと、この状況を愉しんでいそうな後ろの人に、加虐思考が芽生えそうだから。
「動くな」
離してほしい、という意味合いを込めて軽く身を捩って訴えたことがいけなかったのか、右耳の穴に直接音と振動を吹き込まれ、誤魔化しようもないほど全身が跳ね上がった。体温が急激に上昇して、ヒクンと喉が震える。
だ、めだ。
このひとの、声、だけは。
まず間違いなく、見逃しては貰えない。
「俺の言うことがきけないか。アレに見つかれば課題どころではなくなるぞ。嫌なら、大人しくできるだろう……?」
「ん、ん、……っ」
「どうした? さっきから肩が頻りに震えて。……動くなと、言っているのに」
「、、ッ……!」
左側に力いっぱい顔を背けても唇が容易く追いかけてきて、立て続けに耳殻をいたぶり続ける。
口をすっぽり覆うついでに顎もしっかり固定されているせいか、首を振って逃げることもゆるされない。
書架と先輩のあいだに隙間なくぴったり挟まれた身体は、左右後ろどこに向かおうにもその場から全然動けなかった。
先輩の左手首を掴む左手と書架の棚を支えにした右手に、縋りつくような力がこもる。
「コマは物知りだな! 休み時間もよく真剣な顔で小説読んでるだろ?」
「え……あ、いや、確かに小説だけど。大きく分けたら文学だけど。非常に奥が深いジャンルなんだけど、その」
「? 何言ってんだ?」
会話が頭に入ってこない。
王道の声が地で大きいせいで、ここからおおよその距離感も想像できない。する余裕もない。
塞がれた咥内が熱くてたまらなかった。生理的な理由で目頭も熱くなる。
「ほら───耳を澄まして聴いてみろ」
「ふ、ぅ……く」
「例の一年と……もう片方は駒井《こまい》という名の生徒の声だな。お前も聞いたことくらいあるんじゃないか? あの一年の取り巻きの一人だ」
この状態で耳を澄ませだなんて、酷にも程がある。書架にかけられた右手指でなんとか身体を支えられている有り様の、俺に。
それでも頭は従順で、先輩の息遣いの向こう側の声をなんとか拾おうと今以上に耳へと意識を集中させる。
駒井、駒井、こまい。……だれ、だっけ…。
「相変わらず耳障りだ。お前もそう思うだろう? ───…支倉、」
その声で名前を呼ばれた瞬間、もうだめだと思った。
耳の奥をツンとした痺れが射抜き、全身に駆け抜け、そうしてかくりと膝の力が抜ける。
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