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 そういった行為に無知ではないし、もちろん女性が相手だが経験がないわけでもないので、初心でもない。  俺は耳が弱い。  しかも結構、破滅的に。  男にしては比較的長めの横髪だって、ちょっとした防壁みたいな役割を担っている。  自分の身体的弱点はちゃんと把握しているのだ。万が一触れられる場合に備えて『ここまでの距離なら耐えられる』ラインも知っている。  ただ、今回は相性がすこぶる悪い相手だったってだけで。 「感度が良過ぎるのも考えものだな」 「っは、ぁ、ハッ………変、な言い、方、しないでくださいよ……」 「それなら他にどう言えばいい。刺激に対して敏感にも程がある、この耳を」 「も、やめてくださいってば……!」  有り体にいうと、腰が砕けた。  変な話、耳を齧られたわけでも舐められたわけでも触られたわけでもないのに、こんなにあっさりと。  声だけだ。声だけで、こんな。  幸い身体のバランスを崩したおかげでくちを塞いでいた志紀本先輩の手は離れたが、代わりに右腕が腰に回っていた。  身体を支えてくれたことで床に勢いよく崩れ落ちることはなかったけれど、相変わらず逃げ場のないこの状態を思うと、果たしてどちらがマシだったのか。  物音を立てれば王道に見つかる。でもこのままでは……。  両指を書架の棚にかけて身体をなんとか支えているが、身体は前屈みのまま、自力で起きる力はまだ沸いてこない。足元はぐらぐらと覚束ない。  相変わらず王道たちは何かを話している。  頭がぼおっとしてきた。薄手の長袖ブラウスとベストしか着ていないのに、身体が熱い。さっきまでくちを塞がれて、呼吸が浅いせいだ。  すぅっ、と酸素を深く吸い込む。取り込んだ空気が涼しいと感じた。  そう思っていた矢先の、油断。 「……興が乗り過ぎたな。詫びだ、取ってやる」 「ひっ……ぅ、」  今度は、左耳に来た。  その上さっきまでずっといたぶられていた右耳にも休みは与えられず、先輩の右の指が触れた。挟み込まれ、どちらにも逃げようがない。  息を吸い込んでいた真っ最中だったせいか、裏返り気味の高い悲鳴が喉から漏れた。くちびるを噛む。  頭上の方では、本と本が擦れる小さな音。  後ろから手渡された目的の教本を、咄嗟に受け取ってまるで縋るように腕に掻き抱いた。  右の耳に指が触れる。  耳穴に触れない位置、浅い場所。  先輩の指先がやけに冷たく感じる理由がわからないほど、鈍くはない。 「"感度"が関係ないなら、身体がここまで火照っている理由を教えてほしいものだ」 「……温暖化の、せいです。気にしないで、ください」 「へえ。各方面に伝えておこう。『副会長が図書館の空調管理にケチを付けていた』、とでも」  声にはからかいが滲んでいる。  もちろんこの金持ち校が節電なんてするわけない。誤魔化しなんて通用しない。  そもそも、あんたが背中から離れさえすれば……! 「 -痛った……!」 「……、ッく」  さすがに文句をつけようと勢いのまま頭を上げたのが悪かったらしい。ごつん、と出っ張った棚部分におでこをぶつけてしまい、間抜けな音がした。ちょっと痛かった。  じんじんと鈍い痛みが額に残る。  その一部始終を見ていた後ろのドSが耐えきれず笑いやがった。一体誰のせいだと思ってんだこのアマァ……! 「……ん? またなんか聴こえた?」 「僕は特に何も聴こえなかったけど……」 「あれー……? おっかしいなー」  忘れかけていた人間達の存在を思い出して、かちんと動きを止める。  また、背後からクスリと笑う声。  王道のことを煙たがっているくせに、俺の抵抗を塞ぐ道具としてちゃっかり有効活用するのは卑怯だ。  

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