133 / 442

8

 するりと回ってきた右手が労るように俺の額を撫でる。囁く位置が耳から少し遠ざかってほっとしたものの、今度は撫でる手つきにどぎまぎする。  王道頼む、早く去ってくれ。もうそろそろ俺が保たない。 「カワイソォに。痛かったろ」 「痛くなかったです」 「お前の身長では丁度ぶつかる位置だからな。そういえば一年の頃もこのくらいの背丈だったか?」 「……ちょっと身長が高い上に未だ伸びてるからって何ですか。私は平均です」 「ちょっと、か。なあ、支倉。4月の身体測定、いくつだった?」 「今それ訊く必要あります……?」  状況を考えてほしい。見つかりたくないのはあんたも同じはずなのに、何故そんなどうでもいい雑談を。  あやすように言われて、ついガキみたいな反抗をしてしまった俺も俺だが、あんたも大概だ。  黙っている俺を黙秘と捉えたのか、反対側の耳を指がまたなぞった。急かされている。ああくそ、言う。言うからやめてくださいほんと。 「175センチ……約」 「11センチ差だな。……"ちょっと"、か?」 「………スミマセン」  もう無理。降参。  観念して謝ると、俺をいたぶっていた手も声もあっさり離れていき、強張った肩から力が抜ける。 「これで全部かっ?」 「うん。本当にありがとう」 「コマはオレよりもちっさくて力も弱いからな。何か力になれるなら言ってくれ!」 「……ひとこと余計なんだよなあ」 「ん? なんか言ったか?」 「ううん、何も」  どうやら脅威の大元もようやく去ってくれたようだ。  やっと……解放される……。  なんて安心した瞬間が私にもありました。 「ここで気を抜くからツメが甘いんだ、お前は」 「えっ……」 「あの二人が消えて、この場所は完全に人目(・・)がなくなった。……おまえのお望み通り」  肩を掴まれ、くるりと向きを反転させられた。嵐は去ったと思い込んでいたから、何の抵抗もできなかった。  顔の右側の背表紙に腕が置かれた。俯き加減の視線の先にはきっちり留められた胸元。正面にいるのだと実感したら、もう、形振り構っていられなかった。  志紀本先輩と目が合う前に、腕に抱えていたA4サイズの教本を顔の前にかざして防壁を立てる。自分が取った行動の女々しさに我ながら引いた。  いくら咄嗟だったとしても、これはない。 「……お前にしては随分、可愛らしい逃げ方を選んだものだな」 「今まさに自分に引いている真っ最中なので見逃してください……」 「俺は嫌いじゃないが? その反応」 「意見の相違ですね。私は好ましくないです。この状況が」 「そうだな……だから、大人しく出てこい」  俺の防衛手段を茶化すかのように、隔てた教本の向こう側をこん、こん、こんとノックされた。くそ、絶対遊んでる……。  

ともだちにシェアしよう!