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「───というのは、すべて建前」
「へ……?」
間が抜けた声が出た。
A4サイズの壁のおかげでぽかんとした顔を見られることはなかったけれど、ただし俺の表情が相手から見えないということは、同時に俺からも相手が何をするのかわからないということで。
「……、、ひッ!」
「ひとつ。お前の反応がいちいち愉しすぎるから」
スリ、と教本を支えていた人差し指の先からその股を擽るように爪が軽くなぞり、そのまま滑る指先が手の項でくるりと円をかく。
不意打ちの攻撃をモロに喰らってしまった。悲鳴が出たのも仕方がない。見えない状況が危険過ぎる。何より相手が、悪すぎた。
「ふたつ。『頼まれ事』のついで」
また指が手の甲を過ぎ、次は中指。
爪先でくすぐられて、こそばゆくて堪らないのに、両腕を下ろせない。
ここに来て一貫して先輩と正面から顔を合わせられないのは、自分の今の面構えがどうしようもなく弱りきっていることを見なくても自覚しているからだ。
「みっつ。手遊び」
薬指。
そんな行動理念が俺のなかで罷り通っているあたり、このひとに振り回されることにも随分と慣れてしまったと思う。
つまりは気紛れ。暇潰し。一時的な。
この人個人に何らかの確固とした特別な理由を求めること自体、間違いだと思う自分もいる。
「そしてよっつ。『周りを見ろ』と、以前忠告しただろう」
「……それ、が、……何か」
「さてな。後は自分で考えろ」
小指をなぞられたが最後。
「………指の間。ここも弱いんだな」
「、……っあ、」
盾をあっさり取り上げられた。自分の指の力が抜けていたことさえ気が付かなかった。
こちらを見おろす瞳が、笑みをかたどる唇が愉しそうなことに耐えられなくなり、歯噛みする。
まず間違いなく生徒会副会長が人前でやる顔じゃないと、頭では、わかっていても。
「……ほら。そうやって睨む」
頭の上、ぽん、と本が乗った。
とっさに自分の手でそれを支えれば、手を離した志紀本先輩の身体が一歩下がる。
「ただ、相手によっては逆効果だと、学べ」
考査頑張れよ、なんて、自分も考査を受ける側のくせに余裕然と付け加えられた言葉を最後に、くるりと背中を向けられた。来館者がいるうちに早めに帰れよ、とも。
とにもかくにも、遊びの時間は終えたらしい。
足音が次第に遠ざかっていく。脅威が去っていく。力が抜けきった足腰を庇いながら、ずるる、とその場に沈み込んだ。
「………。……、はああぁ……」
深く深く息をつく。
結局はこうして"容赦"してもらっていることに、気づかないほど能天気じゃない。
……あの天敵だけは、本当に。
* * *
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