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「はせ、」
「リオ!」
「……けっ」
こちらもまた、三者三様の反応を返してくれる。
生徒指導のクマちゃんが俺の名を呼ぼうとしたのをぶった切り、威勢のいい声が廊下にこだまする。
まだ呼び捨てに慣れないギャラリーの眼差しは置いといて、こちらに駆け寄りたくとも腕を捕らえられて動けない王道の鬘で隠れた視線も流しておいて。
だがしかしホスト野郎、テメェは駄目だ。今の「けっ」は忘れねえぞコラ。
ホスト教師に内心で中指を立てながら、この場で一番話が通りそうなクマちゃんに「どうかされたのですか」と、再度現状を問う。
やや褪せた稲穂のような髪色と短髪、きつめの眉、強面、それから髭と、昔やんちゃしてそうなワイルド系の風貌が、困ったように頬を掻いていた。
「事を荒げるつもりはなかった。すまんな。支倉の方は、職員の誰かに用事か?」
「ええ、熊里先生、あなたに。私と知人……2ーSの栗見リウの外出許可証をいただきたくて」
「ああ、かまわん」
あ、俺の用件済んじまった……。
ふたつ返事とは予想外だったが、まあ、取り込み中だからな。クマちゃんとしても早くこの場を収めたいのだろう。
さっくり許可を貰えたことだし、ここはお礼に一肌脱いでやろう。
この揉め事に関して、黙らせるべき対象はただ一人。
今度は王道の二の腕をしかと掴んだままのホスト野郎へと身体の向きを変える。
「幹先生、あなたもあなたですよ。そこの……Sクラスの彼らに経緯を窺ったところ、あなたが出る幕はないと感じましたが?」
「……チィ。仲裁気取りかよ。でけぇツラしやがって」
へえ舌打ち。そういう態度を取るわけ。
論点をずらしたあげく一教師でありながら生徒に対して舌打ち。ああそう。
こンの野郎俺が上司なら真っ先に減給してやるものを給料泥棒が脱色し過ぎなんだよハゲろ。ハゲろ。
「あなたこそ、ご自分の身の振る舞い方と、状況を、把握もしないでよく堂々と介入できますね」
「……何が言いてぇ」
「ルイへ好意を持つ人間、しかも教師が、それほど必死に阻止しようと動くとなると、庇っていると思われても致し方ないでしょう。あなたのせいでルイがさらに疑われることになってもいいなら、……話は別ですが?」
普通に考えればわかりそうな話である。
しかもこの男は例え腐ってもホストかぶれでも、立場的にはれっきとした教師。自分が受け持つ生徒に不正疑惑が出たのなら、誰より一番厳格に真摯に向き合わねばならない立ち位置だろう。
それを、あろうことか詳しく調べる前から生徒指導室に連れ込む云々の馬鹿馬鹿しい理由で阻む側に回るなどと。
共謀を疑われたら、とか考えないんだろうか。考えないんだろうな。
こういう皮肉じみた正論が大嫌いなホスト教師は、案の定俺をギロリと睨み上げた 。
俺の背後がざわつく。
俺はにーっこりと、完璧な笑顔でそれに対抗した。
「幹先生、私、今年の身体測定で無事175センチ越えてたんですよ」
「なっなっなっ何が言いてえ!」
「いえ……相手を怯ませるのに必要不可欠なのは身長だなあと、今、たった今、ひしひし感じまして……」
「ッッて……、、てんめええええええ」
───ホスト教師の身長が166センチだった、とリウから聞いたのはいつだったか。「絶対受けじゃん!」と歓喜するリウの中に、自分より低身長の人間に対する優越があったことに気づかない俺ではない。
俺より9センチ下から、ホスト教師が逆上してぽこぽこ怒っている。
容姿はまあ、ホスト教師の名に恥じぬ派手めな顔立ちなのだが、どうにも背丈が伸び悩んだようで、所謂かっこかわいい系。
彼より長身のギャラリーたちが「先生かわいい……」と和み出すのも無理はない。だってここにいる誰よりもちっちゃいのに威勢だけは一等賞なんだもの。
成人も過ぎた年上の煩い男を俺は可愛いとは思わないけれど、一生懸命凄 む姿を見ているとなんだか手加減してあげたくなる。つまりは舐め腐っている。
「本題ですが、熊里先生。私も、ルイが不正行為に及んだとは思えません」
「……客観的に見た上で、か?」
「はい」
「だぁから! ルイはしねえってさっきから!」
「おれは佐久間を噂でしか知らん。その噂も、良いものは聞かない。おれが納得できるだけの理由はあるか、支倉」
教師の幹ではなく生徒の俺に意見を求めるあたり、ホスト教師が一担任としてどれだけ信用されていないかが窺える。
かくいうホスト教師はクマちゃんに無視されて後ろでむすりとむくれていた。それを王道が励まし、これにホストは赤面。
はいはい、お決まりの「ルイは優しい……惚れなおしたぜ」のパターンな。無視してよし。
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