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 クマちゃんが聞いた「佐久間ルイの噂」には、当然俺の「虚偽の好意」も込みだろう。  そこを含めると俺もホスト教師と同じく"佐久間ルイを依怙贔屓しかねない"人間の括りだが、そこは信頼の差だ。  藤戸氏以外の教師陣の前では、基本的にイイコちゃんなのだ、俺は(ただし敵意を向けられた場合は除く)。 「彼は不正行為の必要がない優秀な生徒ですから。編入試験の全教科満点という結果を拝見すれば、納得いただけるかと」 「ふむ……」 「お望みとあれば資料を提供できます。時間を要してもいいのなら、風紀委員会に報告して本格的に調査なされますか?」 「いや、いい……。お前を信用しよう」 「チィ……」  普段から折り目正しい態度を徹底していると、こういうとき意見を通しやすいから楽だ。  王道自らの不正じゃないなら、つまりは何者かの姦計に嵌められたということになるが……あいにく犯人探しは俺の仕事の範囲じゃないし、遅かれ早かれこの案件はすぐに風紀に伝わる。  俺の出る幕はないしそもそも出たくもないので、このあたりでお暇したい。  ちらちら腕時計を確認して時間が押してるアピールをしていたところ、ギャラリーの向こうが騒がしくなった。  誰かが来た。  ナイスタイミング、と内心で親指を立てる。 「こら、幹くん。生徒会の方々にむやみに喧嘩を売るなって、僕いつも君に言ってますよね……?」 「うげっ、持田(もちだ)!」  歓声に迎えられながら競歩並の速さでここに来た長身の優男さんは、1-Aの担任・持田先生だ。  別名・ホストの保護者である。  丁寧にセットされた艶のある黒髪、真っ直ぐ伸びた姿勢、そろそろ6月だというのにきっちりベストまで着込んだ服装と、ホスト教師とは真逆で全体的に「整っている」という印象を受ける。  その着込まれた服の下が案外鍛えられてそうだと生徒にまことしやかに囁かれ、物腰穏やかな性格に加えて生徒に人気がある先生だ。  幹がホストかぶれなら、こちらは若い執事っぽい。燕尾服が似合いそう。  一応、持田先生は俺が一年の頃の元担任にあたるのだが、先生自身が生徒に肩入れするタイプでもなく、俺とも特に関わりはなかった。  とりあえず会釈しておくと、あちらも愛想笑いを添えて会釈を返す。  彼は大多数の教師と同じで、生徒会に対して腰が低いタイプの草食系。ホスト教師の態度とは真逆だが、彼らは同期とあって気の置けない間柄らしい。  このまま先生同士の雑談が始まりそうなので、その隙にさっさと踵を返し、職員棟を後にする。  教師二人がこっちを見ていることには気づかないふりに徹した。勝手に痴話喧嘩してろ。  ところがどっこい、さりげなく立ち去ったはずが、野次馬を抜けた直後、一番見つかりたくない人間に見つかった。 「、っリオ!! ちょ、待てよ!」  勿論王道のことである。  ガヤを利用して聞こえないふりを演じてみたものの、結局空中回廊を抜けきる前に捕まってしまう。  未だ野次馬の注目が痛い中、その後ろから遅れて取り巻きトリオも駆け寄ってきていて、立ち止まりたくない本心を制御するのに苦労した。  なに、どうせ「オレのために疑いを晴らしてくれてありがとう!」みたいな話だろ? あなたのためです当然です、とでも答えておけば満足か。 「……あ、ありがとな!」  はい予想通り。  結果として助けたことは事実だし、それなら売れる恩は売っておくに越したことはない。  努めて優しく見えるように笑顔を作り、どう致しましてと、にこやかに応える。  どうやって自然に話を終わらせられるだろうかと、はにかむ王道を何とはなしに見下ろせば。 「──……?」  その、笑みをかたどる唇が、どこか。  歪に見えた。 「やっぱりお前も……助けてくれるンだよなあ……」  目を見張りそうになったところを、一度伏せることで誤魔化す。  「勿論です。それでは仕事があるので、また」と、当たり障りのない会話で話を切り上げた。  じゃあな! と元気に挨拶を返して校舎へと走り去る王道とその背中を追いかけるトリオ(そのうち二人に頭を下げられた)、それから「事情聴取しないとは言ってない!」と激昂するクマちゃんが続く。  それらの背中を見送り、ゆっくりと肩の力を抜いた。  ……なんだろう。  なんだったんだ、今の違和感は。  

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