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「好きな相手には感謝され。周りの人間には評価を受け。さぞ、満足だろうな」 「……!」  職員棟の方向から近づいてきた一人が、冷たい声で俺に毒づく。  そこに立っていたのは、クラスメートAだった。その手には学級日誌。野次馬の中に、いたらしい。  以前から勘づいてはいたが、あからさますぎていっそ清々しいほどの「敵意」の眼差し。  王道の疑いを晴らしたら今度はとばっちり。リウの頼みで職員棟に来たらこの有り様。こうも不運が続くとすべてリウに仕込まれているのではと邪推してしまう。  ……あながち邪推でもないかもしれない。  何せリウと駒井ちゃんはすでに通じている。駒井ちゃん経由でこのカンニング疑惑の情報を得て、自分自身の巻き込まれ回避と俺が巻き込まれる展開をあいつが画策した可能性もあり寄りのあり。 「……随分信頼が厚いようだが、好きな人間を助けようという魂胆は、見返りを求めるがための私利私欲だろう。お前も、幹と何ら変わらない。いいや、弁が達者なだけ、ずっとたちが悪い」  あの脱色ホストと同類以下とは。好き勝手言いなさる。  ここで言い返すことは容易い。だが、どう反論したところで庇った事実は揺るがないのだから、何を言おうがどうせAは同じ結論に辿り着く。  一時の感情で身の振る舞い方を誤ってはいけない。一般生徒との無駄な諍いは、避けねば。 「……」 「こういう時は、黙りか。どうせ周りの野次馬共から見れば、俺が悪者に映るんだろうな。……これだから生徒会の人間は、キライなんだよ」  生徒会の人間が、ね。  それを直接本人へ言ってくれるあたり、陰湿な輩に比べればずっとマシだ。嫌いじゃない。  ここで俺が黙りを決め込もうとも、例え言い返していたとしても、結局周りの生徒から見れば生徒会の俺ではなく自分の方に悪感情が集まることを心得た上で、言っている。なかなか肝が据わってるな。 「へぇ、生徒会の人間は、か。…───それならオレにも聞く権利は、あるよね」 「「……!」」  いつも。いつも、思うけど。  ほんっと、なんてタイミングで来るんだお前……。 「……マツリ」 「奇遇だね。外出許可を貰ってきた帰り?」 「ええ……あなたもこれから?」 「のはずだったんだけど、無理だった。さっきクマ先生と擦れ違ったよ。必死にルイちゃんたち追いかけてたから、さすがに話しかけられなくて」  校舎側の廊下から、マツリとその十数メートル後方に玖珂くんもいる。彼らも明日の二連休を利用して外出する予定のようで。  それにしても、間が悪い。  マツリがここに来たのも、追いかけっこ中の王道(+トリオも?)とクマちゃんに遭遇して、何事かと思い彼らが来た道を辿ってきた、ってところなのだろう。  案の定ここには揉め事があっていましたと言わんばかりの野次馬の数と、俺とA。 「何に腹を立てているのかは知らないけど、オレも一応生徒会だし、無関係ではないよね?」 「………」 「だからこそ言わせてもらうよ。良かったらここは、退()いてくれる?」  疑問系を装ってはいるが、有無を言わせない圧力を感じる。  ちら、と周りをさりげなく観察してみれば、カンニング騒動で賑わっていた生徒の注目が、次はこちらに集まり始めていた。  生徒会二人と、それに囲まれる一般生徒のA。どう足掻いてもAに利がない。下手な噂が出回る前に、解散した方が賢い判断だとわからないほど、Aも捨て身ではあるまい。 「……フン」 「ん。ありがとね」  Aが不承不承といった様子で退く。野次馬を掻き分け、つかつかと職員室の方へと吸い込まれていった。  さらに機嫌を損ねてしまったようだが……でもまあ、以前からちりちりと感じていたAからの敵愾心がはっきりしただけでも、良しとするか。  

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