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それより今は。
「俺のことはさておいて……お前。また怪我してんじゃねえか」
傍にある右手を捕まえる。
白くて厚い、無骨な手。さらりとかわいたてのひらと繋いで、手元に引き寄せる。目についたのは、赤く腫れ上がった拳。
殴られて負った怪我ではなく、殴ったことで出来たモノ。
ベッドの下に常備させた救急箱(ちなみにエロ本はない)を引き寄せ、再び顔を上げた俺を振り払うでもなく、紘野はされるがままだ。要するに、好きにしろと。
切り傷はないようなので、カットした湿布をぺたりと貼っておく。
怪我の手当ては慣れている。こいつのせいで。
痛くてもしんどくても言わない、顔にも出さない。こいつはそういう人間だ。だから尚更、放っておけない。
「お前もリウも絶対青春の方向性を間違えてる」
「ほっとけ」
「ほっとく」
こういうとき友人なら普通、もっと心配したり気にかけたりするものだろうか。
最初のうちはもっと慌てたし、大丈夫かと声をかけたこともあったが、今はもう、特には。
自分の思うままに生きてるこいつを心配するだけ無駄だと思ってる。
ただ、願いとしては。
「怪我ァ、増やすなよ?」
軽く手の甲を叩いて、手当ては終わりの合図。
まあ、治療したところであまり意味はない。
こいつ頻繁に街行くし、どうせ休日の夜は喧嘩に明け暮れてまた怪我を負うのだろう。
………あ。
休日って、明日か。そういえば。
「わり、帰るわ」
「……あ?」
「明日は外出する予定だったんだ。朝部屋帰るの面倒だし、準備もあるし、早く寮に帰らないと」
あぶね、忘れてた。いつもなら泊まってたから今夜も泊まる気で過ごしてた。
この学園の夜道は色んな意味で危険なので、守衛さんに連絡して迎えに来てもらおう。そうと決まれば。
携帯を片手に立ち上がり、寝室の出口へ足を向ける。
「じゃあな。喧嘩もほどほどにしておけ……、よ……?」
ぴ、ぴ、ぴ、とクーラーの設定をいじる音が、背を向けた後ろから。
空調が効いているのでそう暑いわけでもないはずだけど……ちょっと、下げすぎ。寒がりのくせに何を。
「なあ、さすがに設定ひく、い……っ」
訝しげに振り返る頃にはすでに、手はこちらの腕を捕らえていた。俺の手から離れたアイフォンがラグの上に落下し、ガヅ、と鈍い音を立てる。
二の腕を引っ掴まれ、強制的にベッドの上へ。
その際、頭からすっぽりとシーツをかぶせられて、視界が白に染まる。
「枕は大人しくここで寝ていろ」
ドサッと身体を横に倒されて、広いベッドに受け止められた。
ギシリとスプリングが軋む。
さらさらとした手触りのシーツが、視界全部を埋めている。
待って、俺のアイフォンさんが。
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