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理事長はそちらを見て、さらに笑みを深める。
注意が俺から逸れて心底良かったと、ひっそり胸を撫で下ろした。理事長の常人離れした美貌は、瞳すら圧が凄いのだ。
ところで、理事長の興味が向いた先には。
「風紀委員長としてのお仕事、いつもご苦労様。キミにも会えて嬉しいよ、ナツメくん」
「ええ、こちらこそ」
「キミの言う通り長居は無用だったね。そろそろお暇しようかな」
お互いにこやかに挨拶をかわす理事長と、志紀本先輩の姿がそこにはあった。しかし志紀本先輩の方は丁寧な口調を使うわりに、どこか威圧感が漂う。
優雅な所作で立ち上がった理事長は俺へと向き直る。
「話の続きはまた別の機会に」
「、はい」
「俺の学園の、自慢の生徒達と接することで、ルイもいい社会勉強になっているようだ。あの子が学園に上手く馴染めるよう、今後とも宜しく頼むよ」
本音言うと宜しくしたくない。
だが他でもない学園理事からのじきじきの頼みだ。ただの副会長ごときが頷く以外に何ができようか。
頷きかけたところを、横に並び立ってこちらを見下ろす志紀本先輩の目配せひとつで止められた。先輩が一歩前に出たので、一歩下がって場所を譲る。
「それを支倉に頼む必要がどこに? 本人が馴染む努力をしたら済む話かと」
「ふふ。リオくんに言ったはずなのに、キミが答えるんだ?」
「学園理事の、一生徒への過度な肩入れを指摘しているだけですが」
「相変わらずおっかない子だなあ。そうだね、出過ぎた真似だった。オジサンは大人しく引き下がることにするよ」
最後にまた朗らかに笑って、理事長は控え室から出て行く。そろりと見上げた先輩の横顔は、理事長の後ろ姿を温度のない視線で追っていた。
扉が完全に閉まってから、恐る恐る声をかける。
「……ありがとうございます」
「あの一年に関することは、ある程度フォローしてやると言っただろう。叔父にあたる理事長もその範囲内だ。礼には及ばない」
先輩が纏う雰囲気がいつも通りに戻ったことで、ほっと息を吐く。権力者同士の水面下の争いを見た気分だった。
でも、もしあのままだったら理事長の圧に飲まれていただろうことは想像に容易い。
『生徒会副会長という立場を担うなら、誰が相手だろうと、どんな状況だろうと、もっと上手に躱してみせろ』。
そうこの人に"指導"されてから、まだ一週間も経っていないというのに。
「ここにはまだいるのか」
「ええ、司会進行の仕事が残ってますので。先輩は?」
「伊勢 から呼ばれた。だが本人が見当たらない」
「広報委員長なら放送室にいらっしゃいましたよ」
「助かる。じゃあ、また」
ふわ、と大きな手が伸びてきて、俺は反射的に身を固くした。
俺の露骨な警戒を見ても志紀本先輩は軽く口の端を上げるだけで、俺の両手からカップをするりと抜き取り、俺の耳朶に唇を寄せるように身を屈ませる。
「せんぱ、」
「去年も言った覚えがあるが、再度忠告しておく。───理事には気を付けろ」
言い終わればあっさりと俺から離れていき、カップに残っていたコーヒーを飲み干された。使い捨てのカップはダストボックスにおさめられ、先輩は勝手口から外へ出ていってしまう。
立ち去る背中をぽかんとした顔で見送る。
耳朶に触れる。
……また、この前のようにからかわれるかと思った……。
己の自意識過剰っぷりを自覚し、恥ずかしさがじわじわ込み上げる。一人残された控え室で、決まりの悪さを誤魔化すように二杯目のコーヒーを新しいカップに注いだ。
その直後、勝手口とはまた別の扉が勢いよく押し開かれ、驚いて軽く噎せそうになる。
この乱暴さ、まず間違いなくバ会長。
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