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『ノア』 1
「…………うーーんんんんん。どうすっかな。こういうときってなんて言えばいいと思う? 教えて魔王様」
「帰っていいですか」
「駄目ですぅ」
進路指導室にて。
クラスごとに行われる個人面談の順番が回ってきて、かれこれ30分は担任の藤戸氏とデスクを挟んで対面中。
これが終われば今日はもう帰宅できるので、さっきから俺の視線はせわしなく腕時計へ泳ぐ。
時刻はすでに午後三時。晴天続きだったのが嘘のように、今日の空は一面を白で覆われている。
俺を除いたクラスメートはとっくに解散しているだろうに、一体いつになったら、俺はこの無意味な時間の消費から解放されることやら。
それもこれも、しきりに脱線して趣味の話題を持ち込もうとする藤戸氏と、なにかと難癖つけられる俺の進路希望にも問題はある。
「よーし魔王様に10の質問」
「3つまでで」
「第一志望はー?」
「地元の大学」
「将来の夢はー?」
「公務員」
「そこは魔界への永久就職だろー。ちなみに変更の予定は?」
「現時点ではありません」
ですよねー、と藤戸氏は肩をすくめる。
進路の悩みは学生に付き物とは言うが、俺の場合、騒いでいるのは俺ではなく、俺の周りだ。
厳密に言うと、教師陣。
生徒会の副会長にはもっと偏差値の高い名の知れた大学に行って貰いたいという、学園側の事情だろうとは予想がついてる。
「まあ、魔王様のことだから、察しているとは思うんだけど」
「……」
「みィんな好き勝手言ってんのよ。『勿体ない』って。もっといいとこ狙えるはず……いーや、学園の看板背負ってる生徒会の人間なら狙って当然なのに、どうしてもっと上を目指さないのか、なーんつって」
そんな大人の都合など知らん。地元に帰ってなにが悪い。
と、ハッキリ言って納得してもらえるなら今まで何人もの教師が俺を説得しに来たりしてない。
皆、生徒会という後ろ楯が怖いのか控えめではあるが、よく考えろだの、向上心が無いだの、将来を大切にしろだの、口を揃えて似たようなご高説を垂れる。
俺が何も考えず進路を決めているとでも、という反抗を何度飲み込んだものか。
俺の将来は、もっと、「普通」でいい。
この学園の生徒が進むような進路をわざわざ選択したところで、いずれ自分が窮屈になるだけだ。
「まあ、俺はどっちでもいいと思ってんだけど。地元に戻るのも、いい大学に行くのも、どっち選ぼうと魔王様がリア充になることは変わらないんだろうからさあ」
「ときにはいいことを言いますね」
「いやいやいや。こんなとき、もっと教師っぽい助言のひとつやふたつできたらいいんだけどよ。力になれなくてゴメンな」
教師である自覚があるなら、机の下でこそこそプレイしてるそのゲーム機器について一体どう説明つけてくれるんだろうな。
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