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 腕時計に目を落とせば、時刻はもう午後4時を回っていた。  きっかり30分で印刷室から出たものの、雨脚は弱まるどころかさっきよりやや強くなっている。萎えた。  しかし賢い俺は毎日天気予報を見ているので無敵である。  生徒会専用の昇降口にて、先日の買い物で購入したばかりのレインブーツにはきかえ、あらかじめ持参した大きめのタオルで小脇に抱えた学生鞄をくるむ。  同じく新品の、華奢な黒い柄の白い傘を広げ、外に一歩足を踏み出した。 「……さむ、」  ぱらぱらと降り注ぐ雨水を、傘がはじく。  半袖ブラウスから剥き出しの腕を冷たい雨風が撫で、ぶるりと震えた。衣替えにはちょっと早かったか。  背中を丸めながら、生徒会寮までの道のりを無心で歩き続けて十数分、数十メートル近く続くフラワーアーチトンネルの入口に辿り着いた。ここを抜けたら生徒会寮だ。  ちなみにここ以外の周囲は鬱蒼としすぎない程度の樹林で覆われ、アーチトンネルには監視カメラや警報器が設置された厳重警備だったりする。  それはそうと、すっかり身体が冷えてしまった。早く風呂に入ってあったまりたい。  そう決めて小走りでアーチを進んでいたのに、前方にうずくまる人間を発見してしまう。  焦げ茶色の頭と、しゃがんでいても大きな身体。びっしょりと雨に濡れ、背中が透けている。  あれはまさか……いやいや、この雨の中だぞ……! 「…………た、つ、……タツキ……!」  思い当たる人物を特定したと同時、一目散に駆け寄った。  どうして寮を目前にして、こんなところで座り込んでいるんだこいつは。  トンネルといっても植物の隙間から雨は降り込む。慌ててタツキの頭上に傘を差し出したものの、もう手遅れだった。横髪がしとどに濡れて頬に張り付いている。 「りお……」 「どうして……もう、濡れてるじゃないですか! 一体ここで何を、」  ” みゃぁ… “  みゃあ……?  いやいや……ついさっき、ほんのさっき、「気のせいだ」と思ったばかりだぞ。  フラグ回収班、仕事早すぎィ……。 「あーー…………あー、その、ひとまず、寮へ帰りましょう。このままでは風邪をひきます。あなたも……そのこも」 「でも、こいつ、濡れる。……弱って、る」  こいつ、とタツキが示すのは、彼の腕の中でみゅうみゅう鳴いているちいさなちいさな子猫。  タツキが濡れ鼠なのに対し子猫の方はほとんど濡れていないところを見ると、タツキが傘代わりになってずっと守っていたのだろう。  しかし帰ろうにも子猫が濡れてしまいそうで、その場から動けなくなってしまった、ってところか?  まさか雨が止むまで待つつもりだったのか。連絡して助けを呼ぶなり他に方法はあったろうに、そこまで頭が回らないほど焦っていたのか。何にせよ、世話が焼ける……。  

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