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お魚型の餌入れに猫用ミルクをそそぎ、テーブルの上にそっと滑らせると、興味深げにバスケットから降りてきた子猫が餌入れのまわりを旋回し始めた。
フンフン、と鼻を寄せ、前脚で触れ、ぺろりと一舐め。それから勢いよく餌入れに顔を突っ込んだ。
ぴちゃぴちゃぴちゃ、とミルクが跳ねる音がする。よほど腹を空かせていたのだろう。
そんな子猫の様子を見守る二人の大人の姿が、談話室にあった。
養護教諭は笑みを浮かべたまま、先ほど生徒会全員に配られたストラップと揃いの鈴を指先で弄ぶ。
「で? 猫のついでに生徒会役員にまで首輪をつけた感想は?」
「首輪って……人聞きの悪いこと言わないでくれよ」
「似たようなもんだろ。鈴の中に発信器なんぞ、趣味が悪ィ」
「プライバシーは守っているよ。こちらで知れるのは位置情報だけだし。少なくとも『コレ』よりはマシだろ。………何故こんな物騒なモノが、子猫の脚にくくりつけられていたんだろうね?」
コレ、と見下ろした手の上には、すでに分解された小さな精密機械。
───『盗聴器』。
注意深く調べれば簡単に見つかった悪意の塊。それを見る守衛の目線は厳しく、冷たい。
「この猫が見つかった場所、中庭の木の上らしいんだ。子猫の力じゃ到底登れない高さの木だよ? そして、中庭をよく利用する横峰くんが助けたんだって」
「その上脚にはこの玩具と」
「偶然ではないね。俺は、誰かが意図的にこの猫を横峰くんに拾わせたと、考えてる」
その目は鋭利に細められる。
脅しか愉快犯か。相手の目的はさほど重要ではない。彼にとって重要なのは。
「───狙いは、誰かな」
「さァな」
「誰が、あの子達を、狙っているのかな」
「目がおっかねェぞ、元ヤン」
黒紐の先で揺れる鈴。
猫と生徒会に配られたソレに内蔵されたものは、守衛である八雲が仕掛けたGPS発信器。
いつ、どこで、誰が、猫の脚に悪意を仕込んだ人間に狙われても、居場所が特定できるようにと。
敵を見張るにはまず味方から、を平気で実行する様を、養護教諭は凪いだひとみで見ていた。
この過保護な知人のことだから、生徒会役員が不安がらないよう内密に、自力で犯人を捜すつもりなのだろうと容易に想像がつく。
学園の生徒会役員となればそこまでヤワでもないと思う養護教諭だったが、愉しそうなので口には出さないことにした。
「そのチビはどうすンの」
「……子猫に罪はないもの。俺が預かるよ」
好きにしろ、と言って踵を返した養護教諭だが、引き止められて足を止める。
「ということで、看てくれ」
「オレは獣医じゃねェぞ」
「でも、看れるだろ?」
「交換条件で生徒会の誰かを1日好きに使わせてくれたら考えンぜ」
八雲は笑って中指を立てる。
その際、指先で弾かれて床へ落とされた精密機械は、彼の革靴の裏に踏みにじられ粉々に砕け散った。
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