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始業のベルが鳴り終わるギリギリで現れたのは制服姿のままの紘野。
余裕そうに歩きやがって早く教師来いよと念じたものの、色めき立つ生徒の間を縫って(そのたび間をあけられたり頬を染められたりしても無反応で)俺のとこまで来た。
おおかた見学の理由思いつかないから俺のを聞いて真似しようって魂胆だろう。
事前に見学の旨を伝えれば良かったが、教師が捕まらなかったんだから仕方がない。
低血圧っぽい顔でこちらに並んだ紘野を副会長スマイルで迎える。
「おや、紘野。来ないかと思っていましたよ。どうやらあなたも見学みたいですね」
「『最初だから絶対顔だけでも出せよボケ』っつったのはどこの誰だ」
「誰でしょうね、そのような粗雑な言葉を口にするのは。私にそう仰られても見当がつきません……」
「……チッ」
俺の鬼電にはさすがの紘野も折れたらしい。だってぼっち見学なんてつまらないんだもの。巻き込み大成功。
舌打ちひとつで会話を途切れさせた紘野が、ふいにパッと顔を上げる。
不思議に思い視線の先を追ったら案の定にやにやしながらこっちを見る腐男子の姿が。
視線はそれ以外にもけっこうあるけど、あいつのがなんか一番ギラギラしてる。
その腕にはいまだ残る掠り傷の跡。ガキの頃あいつが石に躓いてすっ転んで残った古傷。
あの頃のあいつは掠り傷でギャン泣きするくらい可愛らしいところがあったのに時の流れとはげにおそろしあ。
あと、紘野くんの半袖から覗く筋張った男らしい腕に何人のネコが「抱いて!」と叫んだかは計り知れない。
そうして待つこと一分弱、遠く見える入り口から熱血系体育教師の古賀……と、何故か藤戸氏も付いてきている。水着着用で。
いやいや何故いる国語教師。
「すまん! コレがどうしても泳ぐと聞かんので遅くなった! 心配せずとも追い出すから体育委員、先にウォームアップを始めててくれ!!」
把握。
それならば数分の遅れは致し方ない。
はあーい、と個々で返事をし、体育委員が仕切りながら中央に集まりウォーミングアップを始める。なんて自主性に富んだクラスだろう。
その中には水色の目立つふたつの頭もあり、ペアになって体操するたび周りの野郎共が幸せそうに昇天していく。
おいてめえら橘兄弟を邪な目で見てんじゃねえよ。水着だからイロイロ分かりやすいんだよ後で校舎裏な。
「あれ、あいつ居ない」
「あ?」
「いや。何でもない」
Aクラスの集まりをざっと見渡しても、一番目につきやすいだろう見知った生徒の姿がない。
休みかな、なんて想像を巡らせつつ、集団とは離れたところで、もう誰にも聞こえないだろうと敬語を崩す。非常に楽。
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