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周りの生徒は心底安心した表情で、さっきの騒がしさが嘘みたいに静まり返っていた。自分達の煽りも原因のひとつだし、同級生を心配するのは当然だろう。
藤戸氏がプールの中から、そしてプールサイドで待機していた古賀がAを引き上げる。
俺はそれを見届けてからプールの手摺りを掴んだが、水を吸った制服のせいで全体的に重い。
息を整えつつゆっくりのぼっていると、目の前に掌が差し出された。
「オツカレ」
俺のベストを持ったまま、無表情でこちらに手を差し伸べてくれる友人。
濡れた手でそれを掴み、引き上げて貰った。なかなかの腕力。
「ありが、……っ」
「、」
『 …………… 』
しかし水中と地上の感覚差に思わずフラついて、その肩に身を預けてしまったときの、しんと静まり返った静寂が耳に痛い。
不可抗力だぞこれは。何故ガン見してんだよ生徒一同。そこ、コソコソしてんじゃねえ。Aを心配しろ。
ってあ、そうだった。Aは。
紘野から離れて一度謝罪をし、紘野の制服が今の衝突で少し濡れてしまったことに二度目のガチ謝罪をし、「別にいい」と言われてからAの様子を窺う。
横たわるAの傍に藤戸氏と古賀が膝をつき、ぺちぺち頬を叩いては声をかけている。一定の距離が取られ、ぽっかりと開いたそこ。
いつもは眼鏡に加えて髪を尻尾のように後ろで結っているAなので、水泳帽が脱げ、肩につかないくらいの黒髪が下ろされている姿を見るのも新鮮だった。
苦しげに寄せられた眉と濡れた髪、おまけにほどよく筋肉がついた裸の上半身のせいで、ギャラリーがざわつく。
てめえらはちったあ状況を考えろ状況を。
「……ゲホ…ッ! ッ、……!」
どうやら、意識を取り戻したようだ。見守っていた生徒が安堵の溜息を吐く。
あまり中心地に近付きたくなかったので距離を置いていたが、古賀が俺を手招きするので仕方なく近寄る。
おおかた、助けたヤツと助けられたヤツを引き合わせようという熱血教師の筋書きだろう。余計な気遣いは回さなくていいってのに。
歩を進めるたび髪から滴る水滴と張りつく服が鬱陶しい。これどうすっかな。替えってどこにあったっけ。
制服はまだしも黒ネクタイは生徒会専用だから、生徒会室まで取りに行かねば。めんどくせ。
「支倉。棋前 、起きたぞ。………しかしお前……すごい格好だな」
すごい格好で悪かったな。不可抗力だよ。
タオルいるか? という言葉に素直に甘える。
古賀がタオルを取りに走る足音を背中で聞きながら、Aの近くに膝をついた。
何故なら何か言いたげだったから。
俯いたことでまたぽたりと滴が落ち、Aの頬を伝う。耳に届いたものは、御礼でも、悪態でもなく。
「………お人好しの、……間違いだっ、た」
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