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 複雑そうな顔で苦く笑う、ともすれば泣きそうなその顔を見て。なんですかそれ、と眉を顰めそうになって。  ぼふりと、頭に黒くてふわふわの何かが乗った。 「ッ、リオちゃん! なんか、も、ああもう風邪ひくから! 何か着て!!」 「ま、マツリ……?」  誰もが避ける注目の中心地にひるむことなくやってきて、俺の頭にタオルを押し付ける。おまけに俺の顔まで覆おうとする。なんだってんだ。  俺の頭に乗ってる一枚が洗濯後の柔らかさを保っているところを考えると、わざわざロッカーから替えのタオルを持ってきてくれたらしい。少し嬉しいなと思ったり。  体育教師のせっかくのご厚意には悪いが、本格的に水滴がうざいので有り難く借りることにした。  タオル越しに髪をくしくし拭きあげながら立ち上がり、マツリと目線を合わせる。  雑に、かき揚げたのか、くしゃくしゃになったマツリの髪。  その表情に現れるのは、動揺。  髪型が決まらなくて遅刻したくせに、今はいいのかよ。すでに季節は夏に突入しているし、別にそこまで慌てる必要はないと思うんだけども。 「タオル、ありがとうございます」 「どう……いたしまして。それより、来るの遅くなってごめんね? リオちゃん見学だったし、オレが助けにいけたら良かったんだけど」 「距離の問題でしょう。貴方が謝る必要はありませんよ」  マツリと双子は飛び込み台そっちのけで遊んでた最中の出来事だったし、何よりAとCDEのごたごたを知らない。  ちらりと時計を見ればあと5分で終了のベルが鳴る。着替えの時間を考慮すれば、そろそろ解散するべきだ。A本人としても、きっとこの件を大事にはしたくないだろうから。  俺はとにかく、この服の中の気持ち悪さをどうにかしたい。あと周りの視線をどうにかシャットアウトしたい。  しかしどこからか呟かれたひとことに、俺、とマツリの表情がかたまる。 「…………いいなあ、棋前くん」  その声をきっかけに。  生徒会の方に助けられてどうのとか、溺れるくらいなら自分でも出来るだとか、本当はわざと沈んだんじゃないかとか……とにかく誤解もいいところな発言が生徒の中を行き交う。  全員ではなく、主に気の強そうな生徒から。いつの間にかCDEも生徒の輪に入って見当たらない。  上半身だけ起こしたAは無言でそれを聞いている。無表情で受け止めているが、こういうタイプは多分、過度のプレッシャーにさほど強くはない。  そうだ、元はといえばCDEとの仲介に入らなかった俺の落ち度でもある。彼らの間で何らかの軋轢が生じると、予想できなかったわけじゃないのに。  次こそ厳しく注意しなければと口を開いた俺を、いいよと、マツリが片手で制する。  

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