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 まあそれは置いといて。  学生鞄を肩にかけて、椅子からそっと立ち上がって。  外敵(王道)の注意は他所。  大敵(リウ)の意識も今は他所の二人。  さて。逃げる準備は整いました。 「ああいけない、急ぎの仕事をたった今思い出しましたのでお先に失礼しまっう」  すれ違いざまに腹に腕が回ってきて息が詰まった。逃走失敗。  王道のことはガン無視のくせに逃げる気満々だった俺のことは見逃してくれないらしい。離せ、と目で訴えても素知らぬ顔。  この悪魔、吸血鬼(ヴァンパイア)フェイスが(リウ評)。 「また俺にこいつを押し付ける気か」 「どこにそんな証拠が」 「お前が何か企んでる顔はすぐにわかんだよ」 「なんのことだかさっぱり」 「どこ行く気だ」 「帰る以外に何があんだよ。お前こそ今までどこ行ってたの」 「屋上」 「出席日数が危うい自覚あるか?」 「あ? ……ああ」  至近距離だからこそできる素の口調での会話。もちろん近くの王道に聞こえないよう、唇の動きを読まれないよう気をつけながら、紘野の肩に頬を寄せたままじろりと恨みがましく睨み上げる。  「近い! お顔がちかい!!」と騒ぎ出した周囲は王道のことなどすでに忘却の彼方のよう。お早い切り替え、毎度ながら天晴れです。 「……。オレよりも、優先させなきゃいけない仕事?」  しかしここで黙っていないのが王道。  あきらかにこそこそする俺らにかまわず、真っ向から横槍をぶん投げてくる。  余裕で優先するわ。  なんだお前は。俺の彼女か何かか。 「……支倉。取り込み中のところ悪いが、ちょっと時間いいか」  どうやら運は俺に味方したらしい。  この状況で割って入ってきたのは、硬い表情のクラスメートA。遠巻きに見守っていた生徒からどよめきがあがる。  一般生徒から名字で呼ばれるのは随分と久しぶりで、なんだか新鮮な気持ちになった。 「誰だお前。オレが今リオと喋ってんのが見えねえのかよ」 「俺は支倉に聞いているんだが」 「オレが先に話してた。なら、お前は後回しだ」 「それを決めるのも支倉だ。お前が決めることじゃない」  ぴしゃりと言い放ったAに、さすがの王道も唇の端をぴくりと動かしただけで押し黙った。  なんだか取り合われている気分……俺と会話する権利を得ようとする両者はどちらも同性なので、ときめきは一ミリも起きないけれど。  しかしここから逃げたい俺にとって、Aの提案に乗る以外の選択肢はない。  察しの良い腐男子から「キサマ逃げる気か」という恨念じみた波動をひしひし感じたけれどひたすら無視をする。先に巻き込んだのはお前だ。 「すみません、ルイ。彼とは数日前から約束していたんです」  俺のウソがそもそも通用しない二名からの疑わしい眼差しがざっくり刺さった。「嘘吐け」と声なき声たちが俺を責める。  しかし俺との付き合いが浅い王道は「そうなのか……」と呟き、素直に騙されてくれる。俺の作り笑いはまだまだ通用するらしい。  (約束なんてしてない気が……)という顔で反応に困っているAが何かを言い出す前に、場所を変えましょうかと一声かけた。嘘も方便だよAくん。ここは空気を読んでくれ。 「なあ、リオ……」  しかし手首を掴まれ、またしても逃走は阻まれた。今度は紘野ではなく、王道によって。条件反射的で振りほどこうと動く神経を理性で抑える。  腕は細身で白いのに、容易に手首を覆う手のひらの感触は堅く、厚い。  小柄な印象を裏切る、力強いオトコの手。  

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