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* * *  すれ違う生徒という生徒がこちらを流し見る。「何の組み合わせ?」と言いたげな生徒を前にするたび、Aは居心地悪そうに肩を揺らした。  下校時刻は過ぎたはずなのに、今日はやけに残っている生徒の数が多い。そういえば、今日の放課後は各委員会ごとに召集が予定されていたんだっけ。  人通りが比較的少ない多目的教室にAを招き、電子生徒手帳を当ててきっちり施錠する。  覗き見まではセーフだが、途中で妨害はされたくない。  振り返ると、Aは真一文字に閉じたまま俯き、拳を固く握っている。  ふと、Aの身体から力が抜けた。そして開口一番。 「数々の無礼、すまなかった。そして……その、先日は、助かった。ありがとう」  深々と頭を下げ、その口から滑り出した言葉は謝罪と、感謝。  自分が悪いと思ったら素直に謝って、素直に礼を言うことは、思いのほか度胸がいる。  律儀というか、真面目というか。  相手に正論を求めるだけあって、自分にすら厳しく正しい。やはりAの人間性は嫌いじゃないなあと、改めて思う。  しかしここで訂正箇所がひとつ。  『無礼』とは本来、目下の者が目上の者に対して礼を欠いていたときに使う語句だ。 「あなたが私に行った無礼、とは? 謝られるようなことをされた覚えはありませんね」  俺とAは、クラスメート。  つまりは、対等。  Aが自ら自分の立場を貶める必要は、誰が何と言おうとない。 「ですから責任を感じる必要もありませんし、私に"借り"ができたからといって、生徒会全体に対して好意的になる義務も発生しませんからね」  俺に一度助けられたからといって、すぐにでも俺を含めた生徒会役員を好きにならなければ、とか、姿勢を改める必要性、などとは考えなくていい。  一度嫌いになったものを好きになるのは難しい。きっと人間ってそんなもん。 「そう、か。なんというか……」 「はい」 「生徒会副会長という表面ばかりしか見えてなかったから……あんたのこと、いろいろと誤解していたみたいだ」 「誤解、ですか」 「ああ。こんなにあっさり許してくれる相手だとは、正直、思っていなかった」 「……例えば、金銭を要求したり、あなたの罪悪感につけこんで交換条件を持ちかけたり、果ては許さずに悪評を吹聴するような人間……とでも想像してました?」 「………………」  愛嬌良くこてりと首を傾げながら試しに訊いてみると、Aの顔が一瞬で強張った。  否定が返って来ない。  なんと言っていいか……いっそ清々しいほど正直なやつだなあ。  俺がまわりからどういう印象を持たれているかに至っては、だいたい予想がつく。  生徒会役員といえど、高校からの外部生で、一般庶民。カラダを使って会長に取り入ったとか、理事長に媚びを売ったとか、根も葉もない噂は言われ慣れている。その手の噂をAがどこまで聞いて、どこまで真に受けているかはさておき。  現在のAはまだ、俺に対する意識がすこーし変わったくらいの段階だと思う。最底辺だった評価が、ちょっぴり上向いた程度。  しかしプールの一件を境目に生徒会への嫌悪感だったり苦手意識だったりが跡形もなく消えるほど、単純でもないだろう。  その嫌悪感を、無理矢理我慢して押し込めるようなことはしてほしくないなと、Aが誠意を持って謝るからこそ、こっちも相手の意思を尊重してやりたいと思えるわけで。  

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