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多目的教室を解放した直後、駆け込むように入ってきたCDEと選手交代(彼らには「誤解です副会長様!」「悪いのは棋前くんの方ではなく……!」と必死に縋りつかれたのだが、現場はまるっとAに任せてきた)し、俺は帰途についた。
寄り道せずにまっすぐ帰寮すると、エントランスにて、守衛さんに出迎えられる。
「お帰り。今日はみんな早いんだね」
「ええ、オフ日です」
「休養も大事だからね。ああそういえば、あのこが御主人様の帰りを待ちくたびれてたよ」
「私を? それとも餌を?」
「それはどうかな。談話室でふて寝でもしてるんじゃない?」
「わかりました」
「ふふ。無理しちゃだめだよ、支倉くん」
「……はぁい」
仕事の書類で膨らんだ学生鞄をさりげなく庇う。守衛さんから手渡されたミルクを受けとり、エレベーターから談話室へと行き先を変える。
最近変わったこと。
守衛さん以外にもう一人、いや、もう一匹。生徒会寮のお留守番が増えたこと。
「───ノア」
ノア。猫の名前。
俺が談話室に入ってきた音でふと顔をあげてしっぽを揺らした子猫は、しかしすぐにそっぽを向き、ふわふわの体毛に顔をうずめて舟を漕ぐ。
無視ですかそうですか。まあ慣れっこですが。
最近設置されたキャットタワーの中腹で眠りのふちをさ迷う灰と白の毛玉は、先日タツキに拾われて生徒会寮で保護することになった子猫だ。
ノア、という。ちなみにオス。
平たいミルク皿に猫用ミルクをそそぎ、定位置に置いてそっと離れる。
評議の結果、ノアのエサ係は朝と帰寮後に俺、それ以外を守衛さんが受け持つこととなった。
猫にはチョコレート云々レベルの知識しかない双子・タツキ・会長にはまだ任せられないし、マツリはマツリで「オレ、仕事はまとめて一気に片付ける派だから、あげ忘れちゃうかもしれないなあ。リオちゃんの方が皆も安心して任せられると思うよ?(アルカイックスマイル)」と上手いこと言って逃げやがった。
だから自動的に俺というワケ。
ちなみに先日、「トイレを覚えたよ」と守衛さんから報告がきた。優しそうに見えて、案外あのひとには躾の才能があるのかもしれない。
「さて、片付けますか」
談話室の一角で行事日程の書類とスケジュール張を広げ、振り分ける仕事の時期と種別の調整作業に取りかかった。
視界の端で音もなくふわふわの毛玉っぽいものが動き出した気がしたけれど、俺の目は書類の文字を追うだけで、そちらは追わない。
一学期は6月中旬からが本番だ。この学園がいかに行事が大好きな校風なのか、嫌というほどわかる。
そして、月の半ばといえば。
役職を持つ生徒にとって大きなストレスとなる、『月例会議』がほんの間近に迫っている。
「あー……鬱だ」
今後のことを考えると、王道から受けるストレスなんて軽いものだ。
梅雨に入れば憂鬱だし、本格的に夏が始まればさらにしんどい。簡単に倒れていい立場でもないので体調管理はしっかりしておかないと。
ふと、足の上を何かふにふにしたものが通過した。柔らかい重さ。ピクリと指が動いたものの、とりあえず動かず放っておく。
それからしばらくして、すべての書類に目を通し終えた。書類の束をテーブルの上に投げ置き、うんと伸びをする。
今日の夕食は何にしよう。雨続きで今日は肌寒いので、中華がいい。想像だけで食欲が沸いてくる。献立を組み立てつつ、肩を揉みながら立ち上がりかけたところで。
ちりんと、鈴の音。
ふと、太腿の外側に、温かさ。
下に視線を落とせば、足音ひとつたてることなく傍まで近寄り、俺のすぐ横でまるくなる毛玉、いや、ノアの姿。
ソファの肘掛けと太腿の狭い隙間にぴったりと収まっている。
ミルク皿の中は空っぽ。
よく見ると、長い髭をミルクで白く汚していた。
「………ふ、」
くぅくぅと気持ちよさそうに寝入る子猫に、思わず笑みがこぼれる。
癒されてしまった。
どうやらしばらくは、部屋に帰してもらえないらしい。
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