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降水確率100パーセント。落雷注意。
毎朝見ている情報番組のお天気キャスターの予報どおり、今日は朝から本格的な梅雨の到来を思わせるどしゃぶりの大雨だった。
またたきのような稲光が断続的に続き、獣のごとき唸り声がどんよりと重たい曇り雲から聴こえてくる。吹き荒れる風と激しい雨に雷鳴。外は最早スコール。
回復どころか悪化の一途を辿る天気と同じく、今朝から俺も絶不調だった。水溜まりに片足突っ込むわ電子辞書を寮に忘れるわ濡れ場テロに遭遇するわで、気が滅入るどころではない。
こんな気落ちした調子のまま、放課後の時間がやって来てしまうとは。
『えー……んン゛、コッッホン………《月例会議》の参加者は、解散次第、本館の大会議室に、お集まり、下さい、ま…し……』
死刑宣告を知らせるアナウンス。
心なしか、一段と臓腑が重くなったように感じる。
今の声は、放送部も兼ねる広報委員長のものだ。同じく参加者にあたる彼も、どうやら死にかけている。
このまま解散などしなくていい、と心のなかで駄々っ子を始める俺にトドメを刺したのは、はきはきと号令をかける隣の席のAの声。魔の放課後が始まる合図。
窓の外の大雨をぼんやり眺めるお隣の不良の横顔を見つめ、ぽつり、別れの言葉を告げる。
「………ひろのさあん…」
「……」
「わたしがしんだらあなたのまくらもとにでますからね……」
「……は?」
謎の遺言を遺された紘野が怪訝そうにこっちを見る前に教室の後方のドアが開かれたので、そちらを振り返る。瞬間、窓の外を見ながら「この雨のなか帰れるかなあ」と雑談していた2-Sのネコ共が、各地で絶叫した。
「、っきゃぁぁあああ!!!」
「や、《闇豹》様……っ!!」
「やだもうイケメン……顔面国宝……」
「顔が……いい……」
「どうして二年のクラスにっ…………ああ、」
勝手に納得したクラスメートの視線が一気に俺に集まった。
いやまあ、そうだけど。俺ですけど。
早くしろと言いたげにまっすぐ俺に向けられる視線を受けとめ、腕を組んで待つ会長のもとへ足早に寄る。
迎えに来るとは数十分ほど前に連絡があったけど、他学年のクラスなんだからもうちょっと目立たずに来て欲しかった。あまり長くクラス内に会長が留まるのは是が非でも避けたい。何せ腐男子の絡み付く期待値マックスの眼差しがマックスで気持ち悪い。
「リオ。遅えぞ」
「たった今、SHRが終わったばかりなんです。文句なら怠慢教師に言ってください」
「俺様が連絡したらすぐ来い」
「はいはいオレサマの仰せのままに」
「荷物貸せ」
「……別にいいですって。逃げませんって」
いつの間にかできた人垣に見送られながら、会長と連れ立って教室を出る。わざわざ迎えなんてバ会長のガラじゃないんだから、ほんと遠慮してほしい。
ご丁寧に俺の手荷物まで奪われてしまって、ほんの一ミリ立方くらい残留していた逃亡の気を根っこから摘み上げられてしまった。
「会長様じきじきのお迎えだなんて……副会長様、うらやましい…!」
「もうお二人が並んでいらっしゃるだけで我々にはご褒美です」
「会議室デートかな??」
「他の『役職持ち』の方々も集まるんだよね……眼福だろうなあ…」
クラスを出ても、各所で視線と囁きを一心に受ける。これだから生徒がいる時間に会長と校内を連れ立って歩くのは嫌なんだ。
ちらほら耳に届くのは『会議』という単語。毎月のことだが、一般生徒にとって《月例会議》とはよほど興味を惹く話題らしい。
だがな。会議室デート? 眼福? 馬鹿言ってんな。あそこはもう死地だ。
代われるものなら代わってやりたい。わりと本気で。
しかしここまで来たら四の五の言ってられない。まわりの声も目も意識的にシャットアウトし、雑念はできるだけ払いのける。
今はいつも通り偉そうで俺様で横暴で、年下らしからぬ俺の態度も軽く流す会長も、───あと数十分も経ってしまえば、俺の知らない、"年上の男の人"になってしまうのだから。
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