210 / 442
5
不安と緊張をさらに積み上げつつ、しかし外には出さないように気を引き締める。
クラン先輩には『次に騒ぐ生徒を見かけたら厳重に注意を。省みない場合は入室禁止も視野に』と応え、着席を促し、さくさくと次の美化委員会代表へとバトンタッチ。
音を立てたら死ぬのでは、とばかりに慎重に立ち上がった生徒。その小柄な身体は携帯のバイブレーションのごとく小刻みに振動している。
矢島だ。隣のクラスの子。
ちゃんと喋ったことは未だにないけれど、この場では唯一俺とタメだから、ひそかに交流を持ちたいなあと思っている相手。
身長は俺とそう変わらないのに、仕草が何かと小動物みたいで、おどおどした挙動不審な態度を差し引いても顔が可愛い。長めの前髪や横髪で顔が隠れがちなのが非常に勿体ないほどかわいい。
ただ、以前こちらから話しかけたときにことごとく怯えられたあげく逃げられた経験があってだな……。
それ以来自分から話しかけに行ったことはない。地味に傷つきましたとも、ええ。
「すみま、せん、ええと……。今月、は、いつもより花瓶、とか、花壇とか、の、被害が多いみたい、です」
美化委員の仕事は広範囲だ。
各校内の補充が必要な各物品をリストアップしたり、機材の故障や装飾の破損がないか点検したり、かと思えば行事前にはイベント会場を事前に整えてくれたりと、目立たないが忙しい。派手な活動ではないけれど、貢献度は高い。
だからこそ見える変化は大きいだろう。
はっきりとした原因は伏せられているが、「いつもより多い」と敢えて添えている点からして、恐らく人的な理由。割れた花瓶も被害に遭った花壇も、学園の荒れ具合に比例する。
───"荒れた原因"に至っては、言わずもがな。
「そ、れとひとつ、要望が……」と消え入りそうな蚊の鳴く声が矢島から微かに聴こえ、俺を含めた何人かが身構える。それからしばし無言が続く。
そんなに言いにくい要望でもあるのだろうか。あるいはもう核心 に触れるのか。
不自然に生まれた沈黙に焦れ、先を促す。
「……続けてどうぞ?」
「っと、その、」
あ、まずい。
そうだ、矢島って、あがり症なんだった。
緊張に弱いタイプを催促してしまった。焦るな、焦るな俺。
しかし今さらあからさまに気を使うのも忍びない。
ごめん矢島、と心の中で謝罪した。
「そういえば、人員不足だと先日言っていたな。そのことか」
「っぁ、はい。そうです……すみません……」
気付いた志紀本先輩がすかさず矢島にフォローを入れた。
どうやら風紀の方に前もって相談していたらしい。風紀、というか志紀本先輩は『6委員会』に留まらず『部長クラス』からもよく助言を求められるそうなので、こういう場面も珍しいことじゃない。
人員不足、ね。まあ、一委員会の人数で仕事をこなすには学園は広範囲過ぎるからな。
同じ守備範囲でも能率的に人員を回す風紀及び風紀の最高責任者と違って、美化委員には矢島のように慎重かつ丁寧なタイプが多いと聞くし。
つうか今日初のまともな報告だった気がする。どいつもこいつも会議を悩み相談の場だとでも思ってやがんのか。
「わかりました。こちらでも検討いたします。次の方、どうぞ」
ぺこぺこと低頭する矢島を座らせて、議事録に簡単にメモ。
美化委員の人員の補充については、警備員と連携してもらうってのもアリかな。そうなると矢島の手腕が試されるけど。
考えるあいだにも、志紀本先輩が発言したことで会長に何らかの変化がないか、こっそり窺うのも忘れない。
穏便に、速やかに、波風立たせずにこの会議を終わらせる。
さて、次なる委員会の代表者は……。
「こちらも特に変わりは御座らんよ。しいて挙げるならば先日めでたく、繋が保健委員の一年生をコンプリートしたことくらいかのう。皆の者、拍手」
「「次」」
「冷たいぞおぬしらー」
俺と会長の声がハモる。
二葉先輩は不満げに野次を飛ばした。
絶倫養護教諭の下半身事情とか一体誰得だよ。
ともだちにシェアしよう!