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「───はい、終ーわり」
手拍子を、二回。
たったそれだけで、空気が軽くなる瞬間をはっきりと体感した。
「会長くんも、委員長くんも。魔王様はこんなでも、一応二年生なんだぞー? 上級生なんだからさあ、そちらさんの都合で振り回したらダメでしょが」
声の、主は。
部屋の隅で寝こけていたはずの───藤戸氏。
「起きてたのかよ……」
「……狸寝入りとは、いい御身分だな」
「頭の上にヒコーキが落ちてくる夢を見まして。さすがの俺もビビりましたとさ」
ふ……藤戸先生大好き……!!
意外な救世主の登場に安堵で眉が下がる。
オマケとかオブジェとか心のなかでボロクソ言ってごめんなさい。生徒会顧問として顔を合わせて早くも半年あまり、これまで心のなかで散々「理想クラッシャー」「28歳児」「暴走機関車フジトーマス」とか扱 き下ろしてきたけれど、俺が間違っていた。なんて頼りがいがある大人なんだろう……!(テノヒラ=クルー部)
ほっと胸を撫で下ろしていたのも束の間、藤戸氏に注目する参加者たちの中でただひとり、二葉先輩だけが俺を見ていたことに気づいた。
目が合い、クスリと笑われる。
うわ、気を抜いた情けない顔、きっと見られたんだ。なんだよもう、笑うなよもう。
とにもかくにも、張り巡らされた緊張の糸はプツンと切れた。激しかった雷鳴や窓を叩く雨粒も、少しだけ弱まったように思えるのは俺の気分的な問題なのだろうか。
緊張が和らぐと、今度は足から力が抜ける。後方に半歩よろめいたところを、会長の腕が反射的に引っ張り引き戻す。
肩がぶつかり、距離が近づき、視線が絡んだ。
そこで俺の取り繕い損ねた表情に気付いたのか、「……悪かった」というやけに殊勝な謝罪とともに腕を解放される。
その蒼い眼がいつも通りの温度で俺を映したことが、謝罪よりもよほど安心材料だった。
「……わたくしも、支倉様と同意見でございます。冷静な話し合いが難しいのであれば、徒に会議を長引かせたところで無意味です。こちらからの『提案』につきましては、また後日、わたくしが直接窺いましょう。……それで、よろしいですよね? 志紀本様」
穏やかに、しかしきっぱりとした物言いで軌道修正してくれたのは園陵先輩。常日頃の温厚な微笑みはそこになく、志紀本先輩に同意を求める声は堅い。
「……お前に任せる」と志紀本先輩がひとことそう呟くと、ほかの『役職持ち』たちもあっさり同調していく。空気を少しでも和ませようとしているのか、佐々部さんや伊勢さんを筆頭に、笑い方も話し声もわざとらしいほど明るい。
その喧騒の中で、園陵先輩が俺へと小さく頭を下げる。申し訳なさそうな、哀しげな表情。
あなたが謝る必要はない、という気持ちを込めて、俺も小さく礼を返す。
そうして再び、踵を返す会長の背中を追う。
「支倉」
しかし踏み出しかけた足が、その声を耳にして条件反射でピタリと止まる。かち合った視線は今度こそ、しっかりと俺の目を見据えていた。
「引き止めて悪かった」
「……」
……志紀本先輩も、謝る必要はないと思う。
自意識過剰でなければ、今回この人が口にした言葉の数々は、俺のこの1ヶ月を案じてくれていた証拠に他ならないのだから。
「……お騒がせ、しました」
志紀本先輩にもしっかりと頭を下げ、今度こそ大会議室からの退出を果たす。ようやく訪れた解放感で解いた握り拳は、指の先まで青白く冷えきっていった。
このときの俺が、会議室に残るいくつかの思惑に、気付くことはない。
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