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息を吸う。
そうしてゆっくりと、吐き出す。
学園の常識に対してはある程度理解があるといっても、やはりまだ慣れないのは致し方ない。
何せ俺は一般庶民でして。
そしてここから先は、超富裕層を対象とした、一般家庭とは一線を引かれる別世界なのだから。
「……────綺麗、」
東西南北4つのうちの南側。
赤絨毯の上、黒大理石の大階段を、天井まで届く大窓を背景に会長と足並み揃えて降りる。
右手にはノア入りのバスケット。
感嘆を漏らす生徒たちのうっとりとした眼差しを、自分ができる最大限の柔らかい笑顔で受け止める。
"自分は他者に見上げられて当然の立場"だと、己を騙し、演じきる。
他の三組が同じように階段を降りる様子を遠目に見つつ、打ち合わせどおり先に一番下へと辿り着いた会長から差し出された手を取り降り立てば、熱い歓声に包まれた。
「《紫星華月》の『月のペア』……!」
「こんなに近くでお目にかかれるなんて……!」
「やだ、お二人とも大変ステキです!」
「スキンシップ自然すぎかよ! あれは確実にデキてますわ!」
「あれ、光様、何を持っていらっしゃるんだ?」
───《紫星華月》、とは。
西側。マツリの《黒薔薇》とリウの《白薔薇》で『華』。
東側。紘野の《蒼薇》と椿センパイの《緋彩》の色彩を掛け合わせて、『紫』。
北側。志紀本先輩の《アルタイル》と園陵先輩の《ベガ》で『星』。
そしてここ、南側。
会長の《闇豹》と俺の《光》を新月と満月に見立てて、『月』。
それぞれの字を違和感なく並べて、《紫星華月》。この呼称が示すのは、例のランキング上位8名を括る呼び名だ。
『別名持ち』の特別扱いは学園内でも破格で、こういった学園行事では時として注目を浴びるポジションに立たされる。
登場の仕方やら装飾品やら、ほかの生徒とは一線を画するのだと、刷り込むかのように。
しかしこの"注目"も、今夜に限っては好都合。
控えていたスタッフから手筈どおり会長がマイクを受け止った瞬間、四方へと散っていた視線が一気に南側へ向く。
『───乾杯の前にひとつ、生徒会から報告がある』
鶴の一声がごとく、静まり返る会場内。
俺たちの背後にはいつの間にやら巨大スクリーンが設置されていた。さすが映像研究部、仕事が早い。
マイク越しのエロボイスに腰が砕ける受け顔の生徒を他人ごと同然に見守る。もうやだこのホモ校。
『今この場にて、新しい生徒会役員を紹介する』
……おやおや、そう来ましたか。
「動物を保護した」のではなく、「生徒会役員に任命した」と。
なるほど、なかなか上手い掻い潜り方だ。
ペットは寮で飼えなくても、"生徒会役員が生徒会寮に住むこと"は、正当。それが例えヒトじゃなかろうとも。
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