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 周りの息を呑む反応なんぞガン無視なのは相変わらずである。  だが、人混み嫌いで眩しいのも嫌いでうるさいのも嫌いな男がよくもまあチワワひしめくスイーツコーナーに足を運べたものだ。 「どうかされました?」 「……」  無言。まあ、珍しいことでもない。  ちなみに横目でちらりと見た東谷はさっきまで敵意丸出しだった俺の存在などすっかり消去してしまったようで、今は紘野に全神経を逆立てさせて警戒心を露わにしている。不良に恐れられる不良で有名だしな、紘野は。  槻くんに至ってはまるでまぼろしのぽけもんに遭遇したようなリアクションで「うわ、本物……」と呟く始末。  他学年からどんだけレアキャラ扱いされてんのうちの紘野さんは。  まわりの様子をうかがいつつ再び紘野の動向チェックに意識を戻すと、紘野の視線が一点に向けられていることに気付く。  俺の……首元、か……?  さっと下を確認しても、別に服装の乱れはない。リボンタイが夜風にヒラヒラ靡いているだけだ。  ゆっくり、紘野の手がこちらに伸びてきて、タイの先を長い指が捕らえた。そのまま指先で弄ばれる。  強く冷たい風がさあっと俺たちのあいだを吹き抜けていき、セットが乱れないようにと髪を耳にかけて押さえた。紘野の目元が、前髪で隠れて一瞬、見えなくなる。 「………紘野?」  さらなるシカト。  それでも指を離そうとはしない。  邪魔するのもなんだか戸惑われて、じっと大人しくして相手が飽きるまで待ってみた。  何故か周りの見物人も、固唾を飲むばかりで紘野の動向を注視している。  急に来て何がしたいんだお前は。  ヒラヒラしたものはつい追っかけたくなる習性でもあんの? 猫かな?  しばらく好きにさせていたが、このままでは埒があかない。いい加減止めさせようと口を開きかける。  しかしそのとき、ほんの一瞬、紘野の視線がリボンタイから逸れた。薄曇が月にかかったのか、夜の影が降りてくる。  行き先は───俺の、斜め、後ろ。  その視線の意味に、俺が疑問を覚える前に。 「目に障る」 「へ」 「帰れ」 「えっ?????」  ピン、と引っ張られた直後、しゅるりとリボンタイを解かれた。  首元の息苦しさが突如消えて、ひらりひらりと踊るリボンタイを指に絡めて巻き上げた泥棒の堂々とした犯行に二の句も出ない。  め、め、目障り? 帰れ??  俺、こいつに何か悪さしたっけ……?  いや多分ここ最近はしてない、何故リボンを、早く返せ、それが嫌ならお前が今つけてるネクタイでもいいからとにかく寄越せ、という要求は、見物人の盛大なる集団発狂によって掻き消される。  もうやだここの生徒。 「ぬ、脱がしたーー!! とうとう旦那が公衆の面前で嫁を脱がしにかかりました!!」 「先に帰って俺の寝室で待ってろってことですか??? もおおお積極的な新郎ですこと!」 「明日は休みか……つまり」 「リボン……ネクタイ……拘束プレ……」 「ひええ、《蒼薇》様ったら新婚初夜なのにドエス……」 「写真部至急集合! 今月の売上トップがまたやって下さった!」 「わぁぁあん最推しCPの挙式に出席したいよママァーーッ!」 「光様の鎖骨ちゃんと撮った!? なあ撮った!!?」  ゾッと悪寒が走った。  急いで襟元を掻き合わせる。  写真部貴様ら、また同じ轍を踏みたいか。  今度こそ職権乱用して一週間活動停止にするぞコラ。  どうでもいいが俺と紘野はいつの間に結婚した設定になったんだろう。腐男子って毎日幸せそうで羨ましいナアー。  このあともノアを連れてパーティー会場を回る予定だったのに、リボンタイを盗られたまま平然と歩き回れるほど俺も恥知らずではない。  速やかに撤退せねば。  紘野、テメェ後で覚えてろよ。 * * *

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