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* * * 「…………控え室に戻ります。紘野、あとでそれ、返して下さいね」  胸元を掻き合わせて軽く整えた副会長は、バスケットを片手に受け取ると、コートをひらりと翻して踵を返す。  この状況下でも何事もなかったような笑顔をキープできるあたり、もはや役者の域だ。  しかしその完璧な笑顔の下には、実のところ腹立たしさを覆い隠している。  理由もわからないままリボンタイを抜き取られて強制退場を余儀なくされたとあれば、不機嫌になるのも当然である。  そんな彼のポーカーフェイスを見破っているのは、この場では副会長と個人的に交流を持つ二人の人間に限られる。  『学園の貴公子』と、『学園一恐れられる不良』。  他者に正反対の印象を与える二人だ。  周囲を取り囲む生徒たちは、副会長がこの場から立ち去ったことを嘆くのも束の間、好奇心のままに彼らを見つめる。  片や常に柔和な表情と、片や常に無表情。  愛想と無愛想。  まるで対極。  頼の冷めた目は、紘野が手中におさめるリボンタイを映していた。夜風に拐われそうにヒラヒラとしきりに暴れる一本をしかと捕まえる長い指、大きな手。  ───例えるなら、罠にはまった蝶のような。  眉をわずかばかり寄せ、厳しい眼差しをその横顔に向ける。 「ソレ、返さないの?」 「……」 「君のモノでもないのに」  一度ちらりと、その視線を無機質な黒の眦がとらえて数秒間。  ただの黒紐同然となったリボンを、紘野はまるで見せつけるかのように、自らの胸ポケットにしまい込んだ。  まるではじめから己の所有物だとでも主張するかのように。  そして用は済んだとばかりに、再び夜に紛れた男に一瞥投げたのち、もう一方もくるりと背を向け、その場をすぐさま後にした。 「……すっげー存在感だな。なんかどっちも、近寄りがたいかんじ……いや、雪景色先輩は優しいんだっけ……?」 「………」 「……東谷?」  訝しげに声を掛けられて初めて、東谷は、己の足が無意識のうちに半歩後ずさりしていたことに気が付いた。  あの二人の男の視線がぱちりと交わった瞬間に、ぞくりと、否が応でも掻き立てられたえも言われぬ恐怖心を、はっきりと自覚した。  紛れもない野生の勘。  自分の力量では足元にも及ばないことを肌で感じ取る。  怖じ気づいた自分に舌を打つ東谷の一方で、槻は東谷の苛立ちの原因が分からず、小さく首を傾げるだけだった。  それも当然だ。槻、だけではなく、ここにいるほとんどの人間に話したところで同調されるはずもない。東谷自身でもくちでは説明できない直感。  理性や常識からは遠退いた、ひどく動物的な畏怖。  ただひとつ、言えることは。  あの二人の関心の対象が己の想い人ではないことを、彼は心の底から安堵する他なかった。 * * *

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