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 館内に響く拍手喝采。  頻発に耳に届くのは、主に女の子の歓声。  柔道って個人的には野球とかサッカーとかバスケとかより何となく厳かなイメージがあったから、ここまで賑わっていることに驚いた。若い女子が多いのも、「学園生効果」ってやつだろうか。  かの月城学園柔道部はというと、つい今しがた、先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の点取り戦を5-0で下し、準決勝へとコマを進めた。  柔道部員たちは試合終了後、早めの昼食をとりに控え室へ。  しかし篠崎くんは主将の佐々部(ささべ)さんに一言告げた後、観客席にいた俺のところへとぱたぱた戻ってきた。  忠犬に懐かれた感ハンパねえ。 「あ、ああの! ど、どうでしたかぼくっ」  息を切らせて、期待と不安半々といった顔で、上目遣いでそう問う篠崎くんが、「ほめてほめて」とねだる柴犬に見えて仕方がない。  どうやら俺に感想を求めているらしい。  一応リウが有段者だから技は少し知っているけど、俺自身はまったくの素人。  対戦相手との間合いや呼吸、対人格闘における経験がまだ浅いな、という印象は受けたものの、素人が下手なことは言えない。デビュー戦ということを考慮すればじゅうぷん立派だったんじゃなかろうか。  専門的なアドバイスは顧問や佐々部さんがするだろうから、一生徒会役員としては、今は一年生の健闘を称えるのが最優先だ。 「堂々としていて、とても格好よかったですよ。準決勝進出、おめでとうございます」 「~~~!」  途端、篠崎くんはパアアアアッと喜色満面の笑みを浮かべる。  ころころ変わる表情に……なんかこう、微笑ましくなるというか、腹の底をぐっと掴まれているような気持ちに自然となる。  率直に言うと、後輩ってかわいいよな。 「いや、でも、まだ油断はできませんよ。準決勝戦の相手校、すっごく強豪らしくて!」 「ああ……B高、でしたっけ」 「はいっ、全国的に見ても強豪なんです! 毎年B高対策は抜かりないんですけど、どうしても県大会止まりなんだって、佐々部様が。まあっ、『今年は勝つ』って言ってましたけどね!」 「佐々部さんらしいですね」 「そうなんですよぉ佐々部様ってめっっちゃかっこよくて!! そういうとこをもっと見せれば佐久間も口説き落とせそうなのに!」  青春してるなあー……。  スポーツ観戦は好きでも部活経験のない俺にとって、こうしてひとつの目標を目指して熱くなれる篠崎くんが眩しい。  にしても、篠崎くんの口からサラリと佐々部さんと王道の名前が出てきたことが意外だった。  王道と佐々部さんの告白(まがいの部活勧誘)で受けたショックを俺に打ち明けたときとはまるで別人のよう。  口振りからしてまだ誤解はとけていなさそうなのに……まあ、彼の中で吹っ切れたのなら、いいけど。 「───でも最近の佐々部様、ちょっとおかしいんです。佐久間以外にも浮気してるみたいで……」 「……は? 浮気……?」 「まあ、佐々部様ほどの雄みを踏まえて考えれば一夫多妻制もあり寄りのありではあるんですけど……」 「一夫多……どういうことですか?」 「どうやら佐々部様、あまりにも佐久間が靡かないから、最近はほかの生徒にも『付き合ってほしい』と申し込んで回ってるらしいんです。うちのクラスだと東谷がそうだし、恐れ多くも《蒼薇》様にまで……」 「え? あの、待って下さい紘野に?? 『付き合ってくれ』と??? あの紘野を相手に????」  待ってその現場めちゃくちゃ見物したかっt…………じゃない、まさか佐々部さんがそういう(こじ)らせ方をするとは思わなかった。  そうだもんな、佐々部さんの視点からすれば傍目にはどんなに愛の告白劇に見えても本人は大真面目に優秀な人材を確保するための部活勧誘をしているわけだから、そら王道が突っぱね続ければほかの生徒に目を向けるのも無理はない。  しかし斜め上にも程がある。  東谷に申し込むのもそうだけど、強けりゃ誰でもいいのかよ。絶対集団行動には向かないメンツだろうに、ヤケでも起こしたの佐々部さん。  紘野さんのことだから内心鬱陶しくてたまんなかっただろうなあ。あーあ、絡まれて迷惑そうにするあいつの顔を拝みたかった……。 「───ねえ。オニーサン達」 「……!」  お喋りに夢中になりすぎて、周囲に向けるの意識が疎かになっていたのかもしれない。俺が斜め後ろの気配に気づけたのは、相手に声をかけられてはじめてだった。  鼻にかかったような若い男の声。  足音が、しなかった。  俺と向き合う側にいる篠崎くんの大きくも小さくもない丸みのある目蓋が、俺の背後を俺越しに見て、上下に見開かれる。  

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