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振り返った先、そこに立っていたのは、まったく知らない男だった。
高校生……くらいだろうか。
学園の生徒ではないし、知人というわけでもない。
毛先にかけてモスグリーンに染まったワントーン明るいアッシュグレーの髪。タレ目がちの目元と幅広めの二重瞼。
目を惹くような、華やかな顔立ちだ。
身長は俺と変わらない……か、少し向こうが高いくらい。細身ながらもしっかりとした体躯だと服越しにもわかる。
『チャラそう』『ゆるそう』『遊んでそう』。そんな第一印象。
「道を聞きたいんだけど。今、いい?」
やたら友好的な態度のそいつは、意外にもごつごつとした無骨な男らしい指で、武道館周辺の案内図を指し示した。
その指に嵌められたリングに僅かに付着した血痕については、藪をつつきたくもないので気付かないふり。
「篠崎くん。あなたはそろそろ控え室にお戻り下さい。部の皆が心配しますよ」
「えっアッ」
「昼食がまだでしょう? 午後も応援があるでしょうし、ひとまず休息を取られてください」
「あ……あう、ありがとう、ございますっ」
からだ半分を後ろに向けて篠崎くんにそう勧めると、異様なほど挙動不審な反応が返ってきた。
これは完全にヒヨっている。
まあ、この手のパリピ系の派手なルックスは、慣れてないと気後れするよなあ。
さらに強く促せば、篠崎くんはこちらをチラチラ気にかけながらも選手の控え室へと戻っていった。とりあえず手早く終わらせようと口を開きかけたところ、相手に遮られる。
「今のコ、後輩? 優しいね、オニーサン」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「あはは、ちゃんと褒めてるよ。ねえ、オニーサンの名前は?」
「山田太郎です」
「んー、じゃあ俺は、田中次郎って言います」
「田中さん、目的地は?」
「ああ、えっとね……」
初対面で雑談や自己紹介(偽名だが)を挟むあたり、相当コミュ力が高いタイプなのだろう。ここまで社交的でもない俺としては面倒だなあと思いながらも、淡々と教える。
ご老人ならまだしも、若いんだから目的地くらい携帯で検索しろよ、なんて悪態を心のなかでつきながらも。
俺の横顔に向けられる、じっとりとした視線───に関しては、素知らぬフリだ。
まっすぐ地図だけを見て、指で辿り、てきぱきと早口で説明を終える。「わかりましたか?」と相手も見ずに挑戦的に問いかければ、男から微かに笑う気配がした。
ついに耐えかねて、上目に見上げる。
「わかりましたかと、訊いたんですけど」
「……怒ったカオもかわいいね?」
……あ゛あ゛???(ドス声)
何言ってんだこいつは。かわいい? 俺が? 超絶格好いいの間違いじゃなくて??(ここ笑うとこ)
「……もう行っていいですか?」
「ごめんごめん、冗談が過ぎた。オニーサン意地でも目を合わせようとしねえから、つい悪乗りしちゃって」
「男相手に通じる類いの冗談ではないでしょう」
「オニーサンのその制服ってツキシロ学園のでしょ? だから、男子校ならもしかしてー、って思っただけなんだ。……ごめんね、怒った?」
身長差はほとんどないのにわざと顎を引いて上目遣い気味に尋ねられると、なんだか俺が大人にならなければならない空気になるのが狡いと思う。
無自覚なのか、計算なのか。
とりあえず今のは冗談として流そう。
どうやら彼は社交的なのと同時に好奇心旺盛なタイプのようだし、「男子校」というワードに一部の人間が持つ下世話なイメージは何となく想像がつく。
実情として、間違ってもいないし。
「怒ってなどいません。他に用事がないなら、もう私は行きますが」
「あ、待って。ここからが本題」
「……なんです?」
「オニーサン学園の生徒ってことはさ、《黎 》っていう名前の暴走族 のこと、知ってる?」
ああやはり、『道案内』とやらは口実で、本題はここかららしい。
それにしても。……《黎(クロイ)》?
なにそれ、超知ってる。
知ってるどころか───元・幹部の一員ですが何か。
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