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* 「本当に良かったの、奢って貰って……」 「ここは素直に年上に奢らせて下さい」 「でも俺から誘ったのに、これじゃ格好つかない」 「格好つける必要もないでしょう。そういう気遣いは、女性相手だけに留めておいてください」  頑として奢りを譲らない俺の意図を汲み取ってくれたようで、田中くん(仮)は「まあ、情報提供料ってところかな?」と、ため息混じりに笑った。  そういうことだ。メシ代を持つという対価で、貸し借りはチャラにしてほしい。   「またね、山田太郎サン」 「それではお元気で、田中くん」  最後まで互いに偽名を貫き通した田中くん(仮)とは武道館前まで共に歩いて、そして別れた。もうそろそろ学園の試合が始まる、ちょうどいい頃合い。  何はともあれ、非常に有益なランチタイムだった。 「ほんっっっと、次から次へと……」  これが、腐男子語録で言ったところの、【族イベント】ってやつか。  しかもその布石は、俺の預かり知らぬところで1ヶ月も前から打たれていた。  ひとまず、ひとつひとつの情報整理だ。  田中くん(仮)からの情報提供がすべて真実だと仮定したとして。  "ヘビ"とつるんでいた族潰しとは、王道のことでまず間違いない。  幹部として活動していた俺の脳内検索に"ヘビ"という名のチームは引っ掛からないので、さほど目立たないチームだったのか、活動区域が《黎》とは離れていたのだろう。  王道に執着する"ヘビ"。  恐らく仲間に何も知らせず姿を消し、学園に転入したであろう王道。  その学園の王者たる生徒会は、チーム・《黎》としてもここら一帯では一目置かれている。  こうなると"ヘビ"が《黎》を逆恨みしたくなる気持ちもわか……らない。わからないわからない。わかってたまるか。  一度深く深呼吸する。  現時点では、"ヘビ"側の主張がまだ明確ではないので事の発端というか、動機に関してはまだ深く考えないでおこう。遅かれ早かれ召集されたら否が応でも対峙するのだ。その時にはっきりすればいい。 (それよりも……気になるのは田中くん(仮)の方だな……)  いったい何者なんだろう。  無関係のチームの下っ端を名乗るにしては、内部情報を知りすぎている上に積極的に関わろうとしている、ような。  情報屋、なんて存在もいるから情報を持っていること自体はさほど不自然ではないにしろ、普通、ただの好奇心で、見ず知らずの学園生に暴走族のはなしを振ったりまでするか?  まさか、俺が生徒会役員だと事前に知っていて……と考えて、すぐにその線は薄いと結論づける。  俺が今日、柔道部の大会を観に行く予定を立てたのはつい最近で、知っているのはタツキと守衛さんとタクシードライバーさんくらい。田中くん(仮)と俺がここで会ったのは、100パーセント偶然だ。 (でも、どうにも引っ掛かるんだよな……)  ───田中くん(仮)こそが、その"ヘビ"というチームの刺客だったりして。  こうして俺に……"学園の生徒"に接近して、ちょっとでも王道や《黎》について探りを入れようとしていた……という推測は、案外、筋が通っている。  その仮定が真実だとしたら、食事に乗ったのは失敗だった。  顔を、覚えられてしまった。  できれば外れてほしい仮定だ。もう二度と会わないことを心より願う。  

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