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ここで佐々部さんに必要なのは、同じ場所、同じ目線で日々を過ごし、切磋琢磨した仲間の存在。
その役は部内の後輩である篠崎くんがよほど適任だと思う。
市バスの到着時間まで屋内で時間を潰すために残っていただけの俺のような外野ではなく、佐々部さんのために何かできることはないかと、追いかけてきた篠崎くんこそが、ふさわしい。
誰だって失敗はしたくない。それが人間関係なら尚更。だから模範解答を他人に委ねたくもなる。自分の過ちを恐れるあまり。
その気持ちは分かる。
分かりはするが、頷きはしない。
なんて声をかければいいのかわからない? そんなもん、自分の頭で考えて捻り出せ。
「大丈夫」
最悪、フォローはしてやるから。
という後半の言葉は脳内にとどめ、汗のにじむその髪を優しく整えてやる。
言い終えた途端、なんて薄っぺらい鼓舞だろうかと自分の発言を省みながら、相手をじっと見つめた。
「………。…っ、ハイ!」
俺の胸中など知らない篠崎くんは、迷いのないひとみで力強く頷いた。
この思い切りの良さは、素直に羨ましいと思う。
頑張れ。
そう囁いて、その背をぽんと押してやる。
すぅ、はぁ、と深呼吸のたびに上下する肩、見てる方が緊張感を高められていく数秒の間。そして。
「カズマ、行っきまーーすっ!」
謎の掛け声で気合いをいれ、その勢いのまま、篠崎くんは佐々部さんに近付き──。
「元ッ気ですかあああああ!!!」
───後ろから捨て身タックルを披露した。
う、うわー………。
さっきまで決死の覚悟、みたいな顔してたのになんだこのスポ根展開は。思い切りがいいどころか、思い切り行ったな。すげえ音したぞ今。
さすが主将とあって不意打ちの攻撃でもたいしてぐらつかずに受け止めた佐々部さんは、困惑気味に、それでもしっかり、後輩の身体を支える。
「ど、どうした?」
「佐々部様! 元気、出して下さいっ!」
「……」
「B高には来年、僕らが借りを返すんで! 佐々部様は大船に乗った気持ちで、僕ら一二年に任せて下さいッス!」
「カズマ……」
………さて、と。大丈夫そうだな。
これ以上の立ち聞きは野暮だろうと、そっと背中を向ける。邪魔者は大人しく退散しよう。
ほう、と安堵の溜め息を吐く。
思いの外、篠崎くんと同様に俺自身も緊張していたらしい。
自分の口から出た言葉をじわじわと思い返すと同時、脳裏に過ぎった非難の声。
“大丈夫”? 何を根拠に。
こと人間関係において、これほど無責任な励ましもない。
「………」
伸ばした手が、必ずしも。
相手に届くとは限らないのだから。
「優しいね、オニーサン」
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