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ひぃ、ひぃ、ふーと、懸命に息を整える。全力疾走は随分と久しぶりだった。
わ、脇腹が痛い。
完全に身体が鈍っている。
武道館から近くの停留所のベンチにどさりと崩れるように腰掛けて、空を扇いだ。事前に調べていた時刻より数本遅いバスになってしまった。
明日は月曜。当然、学校がある。陽が完全に沈みきる前までには帰りたい。
(厄介そうなヤツに目ェつけられたかも……)
さっきの田中……改め、ませガキ中学生はあの場に置いて逃げてきた。
相手の肩を突き飛ばして一目散に逃亡、というカッコ悪い逃げ方だったが、背に腹はかえられない。
手は水道でめちゃくちゃ洗った。それなのにまだ感触が残っている。
土足で踏み荒らされた気分だった。
最近の中学生は一体どうなってんだ。俺も童貞捨てるの早い方だったけど、中学生のときだってあそこまでがつがつしてなかった。年上としての自尊心がじくじくとダメージを受けている。
ああもう、落ち着け。
あんな中学生に動揺なんてらしくない。学園に籠ってるあいだは会うこともないんだ、犬に舐められたとでも思って綺麗に忘れてしまえ。
「あ、いたーー! 急にいなくなるからびっくりしましたよ……!」
「……篠崎くん?」
声がした方向に顔を向けると、とたとた走ってくる篠崎くんと佐々部さんの姿が。
午前午後と試合をこなし、今は背に大きなバッグパックを背負っているというのに、大して何もしていない俺より元気な気がする。
あれ、それより二人とも何故ここにいるんだ。プラベで来た俺と違って、二人には柔道部専用のバスに席があるはずだ。
「お二人とも、どうしてここに?」
「ええと、送迎バスには悪いけど、先に出発して貰ったんです」
「お前がバスと電車とタクシーと乗り継いでまでわざわざ応援に来てくれたのに、俺たちだけ送迎バスでは忍びなくて帰るに帰れん。それに夜道は危険だ、無事に送り届けてやらねば」
「……篠崎くんを?」
「?? カズマはこれでもしっかり鍛えている。護衛の心配は要らんだろう?」
『何を分かりきったことを??』と言いたげな佐々部さんの反応が腹立たしい。
俺は 護衛が必要なほどか弱く見えるってか。だからませガキ中学生に追い込まれるような失態をおかすとでも?? ……んなこたぁわかってるわ!!!
どうにも気が立っている自分を自分自身で宥める。こういうときこそ切り替えだ。今は、佐々部さんをうまく励ませた篠崎くんの勇気と頑張りを褒めてやるのが先。
ベンチの両サイドにふたりが座った(のはいいが、なぜ俺を挟む……?)ので、隣の篠崎くんにそっと耳打ちする。
「良かったですね、篠崎くん。佐々部さんが元気になって」
「ふぅお、耳に美声が……!?」
「……しのさきくーん?」
「ひ、あの、あまりじっと見ないでいただけると! あまりにも無理!!」
自身の耳を塞いであわあわしている篠崎くんをじっと見下ろし、様子を伺うような声のトーンを意識して名前を呼べば、耳を赤くしたままぱっと俯いてしまった。
この反応を受けて、傷ついた年上としての自尊心が息を吹き返す。
俺の背後の佐々部さんが篠崎くんの様子を見て不思議そうに「カズマ、熱でもあるのか…?」とベタな心配をしているなか、ゆっくり顔をあげた篠崎くんはどこか照れ臭そうにはにかむ。
「で、でも……半分以上は、副会長様のおかげです。僕なんかが佐々部様にあんなふうに体当たりできたのだって、副会長様に背中を押してもらったから……僕、すっごく勇気が沸いて───ふぉあっ!?」
輝くような眼差しを受けて、思わず軽く抱きしめてしまった。
やはり年下はこうあるべきだと思う。
生意気な年下もまあ嫌いじゃないけど、アレは駄目だ。だって負けそう。身長とか体格とか声の低さとか、なんだよあの中学生。
俺よりもかっこいい年下とか腹立つ。成長止まれ。あ、つい本音が。
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