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カタンカタン。
快適とは言いがたい乗り心地の快速電車に揺られ、柔道部の一年生こと篠崎一馬は大会の疲れも忘れてじっと一ヵ所を観察していた。
正確に言えば、二人の人間。
細身の体を扉の横の壁に預け、華やかな容姿を俯きがちに隠す学園の副会長と、副会長の目の前、近い距離で、手摺りに掴まり前屈み寄りに何事かを話しかける我らが主将、佐々部。
バスを降り、現在、電車で学園の最寄り駅へと帰る途中。
混雑した電車の中、一年生は主将の命令により数少ない空席に座ることを余儀なくされた。そこはぜひ副会長さまが! むしろ僕が這って椅子代わりに! と申し出たところで、あの綺麗な笑みにやんわりと断られてしまう。
大会初出場の自分を労る先輩二人の優しさに、赤血球と白血球が左心房で玉突き事故を起こした(=鼓動が跳ねた)ことは内緒である。
カタンカタン、と電車が揺れる。例の二人も同じくゆらりと揺れる。
一見、強面な男が優等生から金を巻き上げている最中か、はたまた二人を見て興奮気味に囁く女子高校生のように、痴漢防止か周りを牽制するホモカプだと思ってしまうような体勢だ。
壁ドンならぬ手すりドン。
電車内の妄想といえばお約束ではあるが、全寮制ではまず見られない光景。
壁と攻めに挟まれる受け尊い、と一年生は心の中で神に感謝をし、胸の前で十字をきった。
それにしても、端から見ていればよく分かる。
女子中高生に限らず、電車内の多くが、彼らを、特に副会長を、見ている。
その人が歩けば誰もが振り返り、その人が笑えば空気が華やぎ、その人が口を閉ざせば感嘆の溜め息が漏れる。
あまりにも洗練された人間を見ると、人は近付くことはおろか、距離を詰めることさえ恐れ多いと思うものらしい。実際、この混雑の中でも、彼らの周りには半径1メートル圏内に誰もいない。
お年頃な女の子ならまだしも、老若男女問わずである。
やはり、一線を画するのだ。
彼が放つ存在感は。
一年生はそっと自分の掌を見つめ、先ほどの軽い抱擁を思い出す。
男のものとは思えないなめらかな柔肌。
白く細長い、あの腕。
相手からの接触とはいえ、部活終わりの平凡が触れたことがもし他の生徒にバレたら……、と考え、一年生の脳裏には死という文字が浮かび上がった。
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