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唐突だが今回は、日頃自分が着ているものよりも大きめの服が必要になりまして。
理由としては、顔や体格を隠したいので。
その一番の原因には、先日情報提供者として、そして俺に久方ぶりの危機感を植え付けた人間として記憶に新しい田中次郎(仮)の存在がある。
これは仮説だが───今回、《黎》が敵対するチーム:"ヘビ"の情報を持ち、わざわざ学園生の俺に近づいてきた人間が"ヘビ"側の刺客である可能性は捨て置けない。
もし、田中次郎(仮)が"ヘビ"の幹部クラスだったらと仮定すれば尚更……すでに顔を知られている俺は、警戒してしかるべきだ。
しかし俺は基本的に自分に合うサイズの服を選んで買っているので、手元に大きめの服がない。
だから紘野の服を借りようって魂胆。
だから断じて金じゃない。
「捨ててはいない」
「じゃあ今夜、借りていい? クリーニングに出すから返すのは遅くなるけど」
「ん」
「あざす。極力汚さないように気ィつけますね」
「汚すようなところに行くのか」
「まあ汚すってのは、万が一だけど。明日の夜、チームの招集があって、」
伏せられていた紘野の目が、ここで上がった。黒い瞳が真っ直ぐに俺を見上げる。
つい先ほどまで興味のカケラもなさそうだったのに、唐突に切り替わった空気を重いと感じた。沈黙がやけに長い。
どうやらただの世間話で流してはくれなさそうな空気だ。
夜の街ではついぞ会うことはなかったが、こいつは俺が《黎》に入り、そして抜けたことをリアルタイムで知っている。
今更何故、と思ったのだろうか。
でも、その理由が王道絡みだと言えば面倒だって顔で話を打ち切られるのが関の山だ。言う必要はないはず。
「とっくに抜けたんじゃねえの」
「抜けた。けど、また呼ばれて。一夜限りだし、まあ、気分転換にはなんだろ」
「へえ。気分転換、な」
嘘だろ、という無言の圧。
俺の真意を問うような視線が痛い。
いつもは何事にも無関心な紘野だけど、やはり族関係の事案となると常より神経過敏になるのだろうか。
そんな紘野の様子に内心びくびくしつつ約束を取り付けた、金曜日の午前中。
当然、紘野の携帯がランプの点滅を主張し続けていたことなど、気づきもしなかった。
『不在着信:27件』
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