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薄雲が流れる夜空に、まんまるとした月が浮かぶ。天気予報によると、昨夜が満月だったらしい。そのおかげで、夜なのに空はだいぶ明るい。
時計を見れば22時過ぎ。
制限時間60分のゲームが始まった。
有刺鉄線に囲まれた大きな工場施設。
古びた廃材や剥き出しの鉄塔が月明かりに照らされ、寂れた雰囲気を一層浮き彫りにさせる。
指定された廃倉庫へと足を踏み入れた俺の感想はというと。
「……さっむ、」
何ここ寒い。
もう夏なのに。さっっっむい。
何年も前に稼働停止となったそこは閑散としていて、正直ぼっちなのが怖い。だから出来るだけ月明かりの下に身を置いている。
雑然とした倉庫内は奥に行くほど暗がりが深くなんだかヤバそうな波動を感じるので入口付近で待機中。いろんな意味で帰りたい。
平静を保つためにジャケットを脱ぎ、畳んで近くの廃材の上へ。
代わりに紘野から借りた服に袖を通す。
紘野さんの気配があれば心霊の方から尻尾巻いて逃げてくはずだと自己暗示をかけ大きく深呼吸。
指先がかろうじて覗く袖を手持ち無沙汰に見つめながら、なんとなく、アイツの服だなあと思った。
真っ黒なとこ、一回りは大きいサイズ、ふわりと香る柔軟剤のにおい。
服を買ってもすぐに捨てるか箪笥の肥やしにする飽き性の紘野くんだが、これは同室だった頃たびたび見かけた。
主に、アイツが喧嘩して帰って来た夜はよく、コレを着てた覚えがある。
『気に入ってんの? そのパーカー』
『いや、別に』
『そ。まあ、あんまり汚してくるなよ』
『お前には関係ない』
『ありますとも。毎回毎回誰が洗濯してやってると思ってんですか?』
去年の何気ない会話を思い出す。
今更ながら、本当に借りて良かったのかな、と普段は滅多にしない遠慮という二文字が脳裏に浮かんだ。
まあいっか、と二秒で切り捨てた。
袖を折って捲り、両手に薄手の黒い手袋を装着。
これは「チームカラー」として《黎》側全員に統一に支給されたものだ。
《白蛇》はイカれた族と呼ばれるだけあって、勝つためには手段を選ばないと聞く。チームカラーを装ってこちら側にまぎれこむ可能性も十分に考えられるので、一目で味方か判断がつかない場合は、黒い手袋をはめているかどうかで確認するようにと。
ぴったり肌に沿う素材なので滑りにくいし、何より汚れないからいい。
慣らすように両手をぎゅっとにぎり、そして開く。
今夜のためにすでに整備された(これだからご子息様は……)この区域で喧嘩しても不慮の事故に繋がるケースは低い。そのあたりの安全対策はばっちりだ。
地図も連絡網もチーム全員に通達済み。
計画的な下準備からわかるように、この大々的な喧嘩はすでに始める前から会長の掌の上だ。
会長は頭がキレる。悪知恵が働く。
応じて、このチームの連中は勝負事に強く、対応力も早く、理性的なヤツが多い。
だから勝敗については、心配していない。
---などと呑気に思考を重ねること早20分。
暇だ。
何を隠そう、誰も来ないのですが。
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