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入口から堂々と、それはもう堂々と現れた長身の男が一人。他に気配はない。
ジャケットに、革靴。
喧嘩の場にはそぐわない、やたら綺麗な身なりだと思った。
どちらにせよ黒い手袋をしていないから、味方ではないことは確かだ。
《白蛇》は集団で袋叩きなどザラだと田中次郎(仮)が言っていたし、こうも堂々と単独で乗り込まれると相手の罠だと訝ってしまう。俺が気付いてないだけで、他にも仲間がいる可能性がある。警戒は怠れない……。
「……あなた、は?」
「ん……? 野次馬ァ」
うわ、めっちゃイケボ……いや違う違う。
様子見として声をかけてみたところ、すんなり返答があった。
《白蛇》の人間なら《黎》を逆恨みしているはずだ。にも関わらず「野次馬」とはどういうことだろう。
もしや敵対心がないのか。それとも油断を誘うため? はたまた危機感を感じないほどの実力者? あるいはさほど《白蛇》に傾倒してない?
様々な可能性を頭のなかに並べる。
フードの下から盗み見て、様子を窺った。
建物の影で顔は視認できないものの、身長、体格、歩き方、すべてが近付きがたい雰囲気を放つ。
紛れもない────強者の、風格。
「こんな夜更けに野次馬ですか」
「そうそう。ダイジョーブ、ただの見学だからよ」
この工場内にいるのは《黎》か《白蛇》。
そしてこの男のような背格好は少なくとも《黎》側にはいない。
ここは《白蛇》が遣わせた刺客として対峙した方がいいだろう。情報屋や族潰しがチームと協力関係を結ぶこともあるらしいし、何にせよ警戒は必須だ。
一歩、一歩、男は軽やかにこちらへ歩み寄る。
やがて俺から5メートル、ちょうど月の光が届く範囲でぴたりと、止まり。
見上げた先、その容貌に思わず。
(---かっ 、けぇ人……。)
見惚れてしまった。
網膜に焼き付く、黒とも赤茶とも取れる襟足長めの髪。月明かりに透けた毛先が茜色にも見える。
モノの怪と申告されても納得してしまいそうな、野性味のある魔性の美貌。
ただそこに立っているだけなのに、飲まれそうになる。
しかし即座に我に返り、フードで目元を隠した。相手の顔を視認できるということは、つまり相手も同じだ。
フードをかぶったままの交戦は慣れている。注視すべきは肩と脚の動き。狙うべきはカウンター。
落ち着け。
大丈夫、捕まりさえしなければ。十分な距離を確保さえしていれ、ば、
「なぁ───隠されっと、余計気になんだけど」
5メートル圏外で十分だと高をくくったのは、大きな誤算だった。
不意に、俺の後頭部の後ろあたりに、いつの間にか迫っていた相手の腕が回っていた。
狼狽えたのも束の間、ふわりと髪が外気に触れる。
つまり───フードを、外された。
「へえ。見ねえカオだな」
「っ、」
ほんの間近で、その眼を見た。
見て、しまった。
夜ということもあり、正確な色合いはわからない。けれど、不思議な色だ。瞳孔はくっきり黒く見えるのに、虹彩は非常に淡い。光の加減のせいか、月の色と、同じような。
まるで、そう──たとえるなら、猛禽類の眼だ。
弾かれたように後ずさる。
目を合わせただけなのに、食われるかと思った。本能で、恐ろしいと感じた。
呆気ないほど簡単に近付けてしまった自分が信じられず、覚えた焦り。
これほど容易く、警戒態勢を嘲笑うかのように懐に踏み込んでくる敵を相手に、一体どう対処しろというのだろう。
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