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深追いされることはなかったものの、その手加減がまるで、この程度の距離ならいつでも捕らえられると示されているかのよう。
腹のあたりがざわざわと落ち着かない。
咥内が乾く。
不測の事態だと携帯に指を伸ばしかけて、しかし必死に押し留めた。……応援を呼ぶにはまだ早い。
針鼠のごとき警戒心を露わにする俺に相反して、男の表情はどこか朗らかで、親しげだ。魔性の容貌もあいまって逆に怖いのだけれど。
「《黎》にあんたみたいな綺麗な美形くんいたっけ?」
「……、一応、チームの一員です」
自分より遙かに美形さんからそう言われる複雑さが分かるだろうか。
いやひとまず置いておこう。
とりあえず相手の問いをしれっと誤魔化してやりすごす。
ここで「元幹部です」などと素直に答えたら元幹部=コウ=学園の副会長=俺の等式に繋がり兼ねない。さすがに身バレは避けたい。
相手がどういう立ち位置の人間かわからない以上、曖昧な答えがベスト。俺の立ち位置については「《黎》の下っ端・ど新人」の路線で行こうと思う。
情報だけでも聞き出せたら御の字だ。慎重に、相手を刺激しないよう、に。
「もしかして、《黎》の総長のオンナ?」
「──は?」
「……あ、違った? ……悪ィ悪ィ、おこんないで」
今の爆弾発言のせいで思考のすべてが吹っ飛んだ。
オンナ。総長の、女。俺が。
要するに、初対面にも関わらず、彼からすれば俺は、会長の、セフレに、見えるらしい。
なんたる屈辱。なんたる屈辱……!
「あんたみたいな綺麗なコが入ってきたら、あいつなら手元に置きそうだと思ったんだけど……あ、もしかして、幹部?」
下っ端ど新人設定などすぐに捨て置いて、一も二もなく頷いた。会長のオンナと勘違いされるくらいなら設定などどうでもいいわ。
好都合にも現役の幹部だと勘違いしてくれたみたいだし、身バレは回避できたようだ。
つーか「あいつ」呼び。やけに砕けてる。会長とは顔見知りか何かか……?
「そりゃあ勘違いして悪かったよ。幹部ってことは、学園の生徒さんでもあるんだな」
「……野次馬と言うわりには、やけに《黎》のことに詳しいですね」
「そう疑うなって、敵対関係じゃねんだから。……いやね、俺ンとこの幹部が一人、学園《そこ》の生徒なんで。本人が全ッ然学園の話してくんねーから、自分で調べてたら自然と詳しくなっちまったの」
それを聞いて、はたと。自分は何か大きな勘違いをしていないかと思い至る。
”敵対関係じゃない”。
つまりこの人は《白蛇》の人間でも、そちらに肩入れする人間でもない、という、ことに。
「ソイツの名前、ヒロノってんだ。なァ、あんた、知らねえかい?」
…────え?
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