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目を見開く。
無意識に、じり、と一歩あとずさる。
紘野がいる族といえば、隣県を根城とした、相当強いところだ。完全実力主義で、総長が代々引き継がれる名の知れたチーム。
彼のことを《白蛇》の刺客だと勘違いして、即刻この場から逃げ出さなかった数十秒前の自分をぶん殴ってやりたい。
何故、何故、なぜ、こんなところに……。
「───《ナイ、トメア》……」
思わずくちから零れ出たその単語を拾い、男が意外そうに目を瞬かせた。
そして、「へえ、知ってんだ」と、妖しく眇められる。
《夢枕 》。
こちらの世界では全国に及ぶ知名度と勢力を誇り、その名のとおり悪夢のような強さを持ち、一夜にしていくつもの族を根絶やしにした伝説を有する腕っ節揃いの超実力派。
その族の幹部クラスである紘野のことを、こうも気安く話題に出せる男。
同じ幹部クラスか……はたまた。
いや、彼が一体何者だとか、そんなもの特定するのはこの際二の次だ。敵前逃亡だと後ろ指を指されてもいい。
逃走は、今からでも……──、
「ちょっと、待ちな」
───遅くない、わけがない。
ぱし、と、捕らえられた腕の拘束は緩い。
緩い、けれど、おそらく抵抗した途端にその力加減は変わることと思う。
大きな大人の男性の手だ。紘野と同じく、無骨で、皮膚が厚くて、俺の手首なんて簡単に指が回ってしまう。容易くへし折られてしまいそう。
自分の運気の低さにさめざめしながらも、しかし動揺を悟らせはしない。離せ、と目だけで訴える。
「あー……あんまり警戒しないで欲しいんだけど。俺としては、あいつが今どうしてるか聞きたいだけなんでね。あいつ電話もメールもシカト決め込むから連絡取れなくて困ってんの」
このご時世に電話もメールもシカトする、というキーワードで彼のいう"ヒロノ"が俺の知ってる紘野と同一人物で間違いなさそうだと思えてしまうあたり、さすが紘野さんブレないな、と考えてしまう。完全なる現実逃避だ。
しかし現在は《白蛇》との交戦中。
そんなタイミングで突然やってきた「野次馬」であり紘野の知人を自称する《ナイトメア》の幹部クラス以上らしき謎の人物と、果たして何を語り合えというのか。
「その様子からいって、紘野のコトはある程度知ってんだろ?」
どう答えるべきか、幾ばくか悩む。
答えないという選択肢はない。下手な抵抗はしない。基本スタンスは穏便に、慎重に。相手と自分の力量の差を見誤るほど間抜けではないから、ある程度は従順に。
「友人、です」
「-へえ、そォ。なら、仲良くしてやって」
一瞬、俺の言葉を吟味するように見据えられたが、すぐに人の良い笑みが返ってくる。恐らく信じてはいない。俺が彼を信用していないのと同じで。
隙を見て手をふり解く。
けれど手首を掴んだ他人の掌の体温が離れた後も居座り、重々しい手枷にでも繋がれているような心地になる。
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