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 しかしふと思い至り、総長サンが刈り上げ頭の片腕を取って引っ張り上げる際、もう片腕を取り手伝った。  総長サンは俺の行動に対し、意外そうな顔で礼を言う。  といってもこれは善意や優しさとは違う。  この刈り上げ頭が俺に私怨を持ってまたチームの衝突があれば寝覚めが悪いので、恩は売れるだけ売ろうと思っただけだ。  好意的に取るかどうかは相手の勝手。  蹴り飛ばしたことへの詫びの気持ちなんぞ、毛ほども抱いていない。 「……今夜の喧嘩は、止めや」  賢明な判断だと思う。  緊急連絡がないことから察するに、不測の事態もなく《黎》が優勢だとは予測がつく。時間の経過からしても、決着は概ねついているのではなかろうか。  しかし、そうは問屋が卸さない《白蛇》の幹部たちが抗議をあげる。  そんな、まだやれます、こんなヤツらに屈するなんて等々、倒れ伏した有り様のくせに往生際悪く降参宣言に食ってかかる彼らを、総長サンはぴしゃりと切り捨てた。 「黙らんかい見苦しい。手ェ出すな言う約束を破ったんはコッチや。ここは大人しく引かな筋が通らん」 「…───引かせて欲しい、の間違いだろ」  低く重く、よく通る会長の声。  それは寂れた廃倉庫内により一層の存在感を示し、聞く者の反発心を容易く挫く。  証拠に、幹部の三人は肩を震わせて萎縮していた。  もう持てる手駒もいねえくせに、と、会長が悪役ばりに嗤う。戦局も読めねえほど盲目じゃないだろ、とも。 「……、せやな。完敗したわ。今更、足掻いたりせえへん」 「えらく殊勝だな」 「はン。勘違いすな。ルイのこと、許したわけやない」 「拉致も幽閉も何度訂正したら思い違いに気付くんだ、テメェらは」 「自分の目で見たモノしか信じられん主義なもんでな。………そんで、」  会長と睨みあっていた総長サンが俺へと目を移したことに気付きはしても、無関心を貫き会長の右斜め後ろへと控える。  見下ろした先。曝された右前腕。  ………ああ、クソ。もう腫れ上がってる。 「副会長さん。好き勝手なこと言うてすまんかった」 「………」  先ほどセフレだなんだと侮辱されたことなど、すっかり頭から抜け落ちていた。  そもそもが事実無根なわけで、腹立ちはしても、別にそのことについて謝罪は求めていない。  一応受け取りはするが、これをきっかけに手を取り合って仲良くしろと言われたところで無理難題な話だ。 「キミのボスに身体張って庇われておいて、セックスだけの安い繋がりなわけあらへんもんな」 「……。」  しかもこれはひょっとすると、さらなる誤解を招いた気がする。  もしや俺と会長の関係をセフレどころか恋仲だと誇張解釈してはいないだろうか。 「セフレ? 冗談も大概にしろ。こいつはこの俺が去年から何度口説き落とそうと欠片も靡かねえような不能だぞ」 「……ややこしくなるのであなたは黙ってて下さい」 「事実だろが」 「……ちがい、ます」  そして空気を読まないバカが怪我なんぞお構いなくぞんざいに両腕を組むものだから、ついついそちらに目が止まり、いつもの舌戦を繰り広げられるほどの精神的余裕がなかった。  肩透かしを食らったような会長の顔を、直視できない。  

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