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「……キミの前だとよぉ喋るな、そのコ」 「あ……? いつものことだぞ。口だけは達者で可愛げの欠片もねえ」 「そーなん? なんや羨ましいなあ」  ぴりり。  引き絞られるような緊張感が場を満たした。  空気の重さに悲鳴を漏らした幹部達を尻目に、志紀本先輩と相対しているときの会長はこの程度では済まないのになと、他人ごとじみた感想が浮かぶ。 「オレらが何言うてもずぅっっと無視決め込んどったんに、アンタが怪我した途端よぉ喋り出すわ、アンタの仕返しに突っ込ンでくるわ。そういうじゃじゃ馬ァ、ええなぁ」 「無い物ねだりとは浅ましいな。蛇風情が」 「じゃあそのコ、ウチにくれん?」 「失せろ」    話の内容がよくない方向へ逸れかけたものの、決着が着いた今、敗北を喫した《白蛇》がいつまでもここに留まる道理はない。  もっと渋ると思っていた予想に反し、総長サンは幹部三人を引き連れ背を向ける。 「今日んとこは、な。ほなな、《黎》」  ひらひらと手を振り去っていく。  しかし《白蛇》の中で《黎》との勝敗に納得している者は恐らく総長サンだけだと、分からないほど彼も鈍くはあるまい。  そもそも王道の存在がこの場にない以上、ここで争ったところでこの問題には決着のつけようがないのだ。  でも今は、どうでもいい。  今この瞬間、優先すべきは今後のことじゃない。 「………バ会長」  震えまいと絞り出した声は意に反し、か細く。  振り返った本人は俺を見下ろし、驚いたように蒼の双眸を瞬かせた。  ああやっぱり。  全然、分かっちゃいない。 「バ会長」 「リオ?」 「バ会長、」 「……なんだよ」 「あなたって人は本当に、バ会長」 「テメェ言わせておけば……───どうした?」  覗き込まれる前にフードを引っ張って顔を覆い隠す。  今の自分の表情は、想像に容易い。心配よりも後悔が先立つ。最低最悪の気分だ。  目前で起きた先ほどの光景が何度も何度もリフレインする。  盾となった右腕。庇う背中。  鈍い音、衝撃。小さく息を詰めた気配。  そのひとつひとつをすぐ後ろでまざまざと目の当たりにしてしまった俺がどんな気持ちになったかなんて、この男はわかりもしない。  バ会長が。馬鹿じゃねえのか。  なんで庇うんだ。なんで、あんたが盾になるんだ。  「会長」なのに。  本来守るのではなく、守られるべき立場の人間なのに。 「ほんと、……バカ」  どうして、俺なんかを。  

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