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休日のあいだは、会長のことは養護教諭に任せるとして。
ひとまず、目先の問題は。
───俺の前に長く続く無人の廊下。
どうやら深夜を越えるとセンサーで人を感知するタイプの埋め込み型フットライトのみの作動に切り替わるようで、俺の周辺以外は遠ければ遠いほど暗がりに包まれている。
心なしか漂う冷気。痛いほどの静けさ。
リアルタイム、真夜中の校舎から俺が無事に生還できるかどうかが今の俺にとって一番の課題なのだけれども。
「りお、」
「ッ…ぃ!?? っ……、た…、タツキっ」
お、おおおどかすなわんこ……!
扉の近く、ちょうど死角となる壁に背を預けて佇んでいた犬が一匹。
ちょっとちょっともう皆して夜に支倉さんを驚かそうとするのやめろよ。本日だけでもう二度目だぞ、くちから心臓が転び出そうになったの。
一呼吸置いて、再度タツキの名を呼ぶ。
それでも俯いたままで、前髪に隠れた表情は影になってあまりわからない。
けれどひどく消沈していることは確か。
……ああ、そっか。
相手が人でも動物でも、誰かが『ケガをする』ことに関して敏感だったな、こいつは。
しかも今回ケガをしたのが長い付き合いの会長となれば、こうして心配で見にも来る。顔色も悪くなる。
ゆっくりと近づいて、その頬に手を添えた。睫毛が動き、ゆらりと合った視線。
よく見たら唇の端が切れている。服も土埃がついたままで、腕はアザだらけ。《黎》の皆を人一倍守って、人一倍勝利に貢献してくれたのだろうと思う。
ねぎらいを込めてするりと頬を撫でた。
目を伏せたタツキが俺の手を包むように手を添え、自ら頬をすり寄せてくる。
「無事ですよ、会長は。養護教諭が看てくれてますから」
「……そっ、か」
そう呟いて撓む空気。
続いて、まつりとそらとうみも心配してた、とぽつぽつ付け加えられたので、「彼らには私から説明します」と答えておく。
そのまま保健室へ入るのだろうと思われたタツキは、何故か俺の手をぎゅっと握り締める。さして小さくはないはずの俺の手は、大きな手の中にすっぽりと収まってしまった。
「……いっしょ、帰ろ」
「会長の様子を見にきたのでは?」
「だって、でも、りおが」
「……。もし、私の心配をして下さっているのなら、平気ですよ」
さ迷わせていた視線が、俺を見下ろしてピタリと止まった。安心させるように頷く。
俺は、大丈夫だ。
だから俺のことなど放っておいて、会長の無事をその目で確認してお前自身の不安を解消するといい。
お前はもう少しお前を優先するべきだ。
足を引っ張った俺なんかと比較にもならないほど、一番の功労者なのだから。
「………だめ」
「タツキ?」
「だめだよ……」
やんわり振りほどこうとした手は、しかし頑なに外れなかった。
それどころか、じわじわと圧迫される手指の骨に痛みが生じるほど、次第に力が込められていく。
「たつ……、ッ、あの、痛い、です」
「…… 、…!!」
そう漏らした途端、ぱっ、と慌てたように手を解放された。高い体温が離れていき、外気に冷やされていく。
その顕著な変わり様に違和感を持った。
俺の手を包んでいたタツキの指先が、こまかく震えている。
「ご、めん……」
「あの、」
「だ……だい、じょうぶ……?」
その、心底気遣わしげな表情は何なんだ。
今度は俺からタツキの手を取り、「大丈夫」を伝えるためにぎゅっと固く繋いだ。
同性同士で手を繋ぐ行為は日頃の俺なら抵抗があるのだが、今は直感的に繋がねばと思ったのだ。
恐る恐る、壊れ物を扱うように柔らかく握り返されて、なんだか調子が狂う。
別に女子供が相手じゃないのだからさほど気を使わなくともいいのに、一体どうしたというのだろう。
「大丈夫ですよ。今日は少しゆっくり歩いていただけると、有り難いですが」
「……ん。気をつける」
なにがそんなに、不安なんだ。
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