302 / 442

38

 答えは? とばかりに眇められた目。  ゆるくウェーブのかかったマット系の茶髪がふわりと揺れる。  仕草ひとつひとつに涼やかさと、それからストイックな色気を滲ませた表情はしかし彼の仕事柄培われた表面上のものでしかないと、此処にいる人間は誰もが理解している。 「目撃情報はゼロ。つーか、《黎》が自分らのトップの熱狂的信者ってぇのは有名でしょ。例え今夜の招集に《コウ》本人が参加してたとしても、絶対に口を割らないよ」 「そう。残念だな」  今年の3月頃だ。  ノゾムのコレ(・・)が始まったのは。  素性どころか顔さえよく知らないらしい相手に対する、重く暗い執念は。  幹部であり情報屋も兼ねるミサキ以外に、ノゾムのこの顔を誰も知らない。 「ガクエンの生徒会役員ってのは確実だろうけど、あそこのセキュリティ、伊達じゃないしねぇ」 「……まあ、いいけど。見つけたら、真っ先に俺に教えてね」  男の形の良い唇に、歪んだ笑みが乗る。  容姿、表情、体、それらを売り物とする男が、シャッターや女性ファンの前では絶対に浮かべることのない冷笑。  喉元に刃を当てられたような緊張感を、男は商売道具の笑顔ひとつで他人に与えるのだ。 「……紘野くんに訊けばいいんじゃないのぉ? 《コウ》の本名とか特徴とか、さすがのあいつも自分のガッコの生徒会役員のコトくらい知ってるっしょ」 「紘野に訊いて答えが返ってくると思う? 相手が何だろうと、あいつは誰にも興味持たないだろ」  ばっさり切り捨てられた提案だが、確かに相手の意見の方がより真実に近い。記憶にある黒髪の男を思い浮かべ、逸らす矛先を間違えたとひっそり嘆く。  あの黒が特定の個人に興味を示すなど、天と地が成り代わろうと露ほども想像できない。 (そもそもヒヨコって何……?)  それはさておき、この男に目を付けられた《コウ》とやらにはいっそ同情を禁じ得ない。だが、何をしでかせばこの男をここまで豹変させるのか、興味はある。  アレは自分の獲物だと、男は言う。  自分以外の誰にも狩らせやしないと、言う。  ひた隠してひた隠して研ぎ澄まされた牙を、獲物の喉笛に突き立てる瞬間を、今か今かと待ちわびている。  総長が暴君なら副総長も大概だ。  だが、事の詳細を尋ねられるほどミサキも命知らずではない。常は冷静沈着な男の逆鱗に触れるなど、断固としてお断りだった。  

ともだちにシェアしよう!