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しかしここで「フフフ気にしないで下さい」と愛想良く返せる人間ではないところが、俺が腹黒だと呼ばれる所以なわけだ。
利用できるものは利用してやる。
脳内宇宙人で遠慮のえの字も知らない王道からの譲歩など、願ってもない。
「それなら、柔道部に入って下さい」
「「………は?」」
呆気に取られた、とでも言うような声が二方向から。王道に感じていた違和感もすっかり霧散する。
別にそれでいい。
"気付いた"ところで必要以上に干渉などしない。
王道がどんなお願いを想定していたかは知らないが、さすがにこれは予想外だろう。
頼みがあれば何でも聞くって?
ハッ、そんなBL御用達(腐男子情報)の台詞、お前の取り巻きは食いつくかもしれんが俺には毛ほども効かぬわ。
「転入してそろそろ二ヶ月、学園にも慣れてきたことでしょう? 本校では部活動の入部を強制しているわけではありませんが、ルイの運動能力で帰宅部は勿体ないと、前々から思っていたんです」
「……じ、じゅう、どう、ぶ」
「佐々部さん……元主将さんからも勧誘を受けてましたよね? いかがでしょうか」
唯一見える口許が明らかに引きつっていた。佐々部さんのしつこい勧誘はいくら王道でもだいぶ堪 えたようだ。
俺はいいと思うけどな、佐々部さんと王道の組み合わせ。苦手な人と同じコミュニティに入ることで王道の忍耐力が培われるという意味で。
「まあ、嫌なら無理にとは……」
「っいや、分かった! リオの頼みだしな、考えておく!」
ここでごり押しではなく一旦引くことによって、自分が提案した手前ノーと言えなくなる法則を使わせてもらった。
自らの発言を撤回しない潔さはまあ、王道の美点だと思う。取り扱いが楽という意味で。内心ほくそ笑んでいれば会長の呆れた眼差しが頬によく刺さること。
「じゃあ奏、お大事にな。リオも、またな!」
そう言って、坊主頭の腕を引いて踵を返す王道。今にも走り出しそうな背中を見て、会長が薄く唇を開く。
そういえば会長はまだ王道に対して何も要求してなかったなと、その横顔を見上げて。
「おい、一年」
そして一瞬で、思考が止まる。
『一年』。そう呼んだ。
会長は、今、王道のことを。
まるで他人行儀のような、呼び方で。
「……会長?」
困惑が音に乗る。まじまじと見た会長の横顔を、俺はどう解釈すればいいのだろう。
そこにある表情は、例えば急に王道に対して冷たくなったとか、関心を示さなくなったとか、そんな、劇的な変化じゃなくて。
けれど見慣れた不遜な笑みがあるわけでも、苛立たしさが隠れているわけでも、なくて。
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