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かのクリスタル・パレスの外観を参考にしたと言われる巨大な温室、その裏手にある遊歩道は、園内でも人の目が届きにくい場所に数えられる。
遊歩道は温室で隠され、温室内からは植物の緑で遮られ、密かに落ち合いたい相手がいる生徒には絶好の穴場だった。
そんなところまで、想い人に手を引かれながらやって来た《白蛇》幹部は、久方ぶりの会瀬に胸の鼓動を高鳴らせていた。
(……ルイと、二人っきりだ!)
まだ佐久間ルイが族潰しとして活動していた頃、常に総長や他の仲間達に囲まれていた佐久間ルイのことを、今までこの《白蛇》幹部が独占できた例はない。
それが今はどうだろう。
これが怪我の功名というものならしめたものだ。総長も他の仲間もいない二人きりの空間で、想い人と向き合える喜び。
わざわざ一時間以上も車に揺られて学園まで謝罪に行けと命じられたときは面倒で仕方がなかったのだが、こうして想い人と会える機会を得られ、やはり自分がやりたいままに取った手段は間違いではなかったと確信する。
当然、《白蛇》幹部のそんな浮ついた態度が《黎》の二人には筒抜けだとは本人は気付きもしない。
彼が意識を向ける相手は、いつだってたった一人だけ。
「久しぶりだな! 元気だったか? ルイ」
「ああ、お前も元気そうで良かった!」
名前を呼べば小気味良い返事。向けられる爛漫の笑み。ああ、やっぱり好きだなと、《白蛇》幹部は歓喜に浸る。
自分に笑いかける想い人の様子に、説教すると息巻いていた先ほどの怒りは見当たらない。
(……そうか。ルイがここまで俺を引っ張って来てくれたのは、きっと俺をあの二人から引き剥がすためだったんだ)
腕の一本であそこまで根に持つなんて、金持ちはやはり心が狭いのだ。
こんな学園に通えるくらいなのだから治療代だってはした金。むしろこっちの方が重症なのだから、逆に慰謝料をふんだくってやりたいのを我慢してやっているというのに。
きっと佐久間ルイもあの二人のことで迷惑してるに違いない。満足に外にも出歩けなくなって、なんと可哀想。なんと非道。
そう思い至った《白蛇》幹部は気が大きくなり、佐久間ルイの気を引こうとその小柄な肩を抱く。
「見たか? 《黎》の総長の、右腕。この俺がやったんだ、すげえだろっ?」
「あぁ、そうだな」
「とっくにチームを抜けた元幹部なんかを庇って怪我するなんて、《黎》の総長も落ちたもんだよなあ」
「…あぁ、そうだな」
「しかもその元幹部、まだ俺を許してないみたいなんだ。元はといえば自分が怪我の原因のくせに。笑えね?」
「……あぁ、そうだな」
彼の行動は全部が全部、佐久間ルイのため。
あの二人に言い寄られる可哀想な佐久間ルイのため。この学園に縛り付けられる可哀想な佐久間ルイのため。
これほどまでに佐久間ルイを想えるこの自分こそが、誰より佐久間ルイに相応しい。
「今回はドジ踏んじまったけど、もうあんなヤツらにお前を好きにさせねえから。まだお前に迷惑をかけるようなら、今度はどうしてやろうかな。二人揃って病院送りにしてやってもいい。……だから、」
だから。
この学園も、《黎》も、身の程知らずの取り巻きたちも、欲を言えば、他の《白蛇》の連中も見限って。
自分に、自分だけに、振り向いて欲しい。
熱いおもいを滾らせて、《白蛇》幹部は佐久間ルイの肩をさらにぐっと引き寄せて。
「…────あァ、そういう御託は、もう要らねェんだよ」
吐き出された氷のような冷たい声に、一瞬で全身が凍りついた。
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